九条尚忠と徳川家康のつながり
徳川翰子 経由
8ステップ
要約
九条尚忠と徳川家康は系図上で8ステップでつながっています。母系1代、父系7代を経由する経路です。経路の中間に松平頼豊(江戸時代中期の大名。讃岐高松藩3代藩主。松平頼章の長男。従四位上讃岐守、左近衛権中将。高松松平家3代)がいます。
九条尚忠
1798−1871 | 江戸時代後期の公卿。二条治孝の十一男。従一位、関白、左大臣。九条家29代。藤氏長者
徳川翰子
1758−1794 | 徳川宗翰の次女。二条治孝の正室
徳川宗翰
1728−1766 | 日本の江戸時代の大名。常陸水戸藩5代藩主。従三位・左近衛権中将、参議。徳川宗堯の次男。側室に中沢尾上(中澤氏、子に直之允(1753.1.23-1795.7.15、次男)、直之助(1755.8.22-1756.4.10、四男、直之介、稚覚院日真玄妙))
徳川宗堯
1705−1730 | 江戸時代中期の大名。常陸水戸藩4代藩主。従三位・左近衛権中将、参議。松平頼豊の長男。水戸徳川家4代
松平頼豊
1680−1735 | 江戸時代中期の大名。讃岐高松藩3代藩主。松平頼章の長男。従四位上讃岐守、左近衛権中将。高松松平家3代
松平頼侯
1661−1691 | 江戸時代前期の高松松平家一門。松平頼重の四男。母は樺島吉明の娘・松野(松月院、子に竹松(六男)、頼剛(1657-1699.3.15、頼母、靱負、亀千代、重正、頼孝、頼昌、高松領新田五千石、寄合衆))
松平頼重
1622−1695 | 日本の江戸時代初期の大名。常陸下館藩主、讃岐高松藩初代藩主。水戸徳川家連枝高松松平家の祖・当主。従四位上左近衛権少将、讃岐守、贈正三位
徳川頼房
1603−1661 | 常陸下妻藩主。常陸水戸藩初代藩主。水戸徳川家祖。正五位下、従四位下・左衛門督・右少将、正四位下・参議・左近衛権少将・左近衛権中将如元、従三位・権中納言、正三位。徳川家康の十一男。側室に於愛(丹波頼房の娘、厚善院、子に松平頼以(1631.12.22 - 1664.5.3、九男、出雲、伊織)、松平房時(1633.8.19 - 1682.9.20、十男、武庫、主殿、権佐))
徳川家康
1543−1616 | 日本の戦国~江戸時代の武将、大名、初代江戸幕府征夷大将軍
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九条尚忠
1798−1871 | 江戸時代後期の公卿。二条治孝の十一男。従一位、関白、左大臣。九条家29代。藤氏長者
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1758−1794 | 徳川宗翰の次女。二条治孝の正室
徳川宗翰
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徳川宗堯
1705−1730 | 江戸時代中期の大名。常陸水戸藩4代藩主。従三位・左近衛権中将、参議。松平頼豊の長男。水戸徳川家4代
松平頼豊
1680−1735 | 江戸時代中期の大名。讃岐高松藩3代藩主。松平頼章の長男。従四位上讃岐守、左近衛権中将。高松松平家3代
松平頼侯
1661−1691 | 江戸時代前期の高松松平家一門。松平頼重の四男。母は樺島吉明の娘・松野(松月院、子に竹松(六男)、頼剛(1657-1699.3.15、頼母、靱負、亀千代、重正、頼孝、頼昌、高松領新田五千石、寄合衆))
松平頼重
1622−1695 | 日本の江戸時代初期の大名。常陸下館藩主、讃岐高松藩初代藩主。水戸徳川家連枝高松松平家の祖・当主。従四位上左近衛権少将、讃岐守、贈正三位
徳川頼房
1603−1661 | 常陸下妻藩主。常陸水戸藩初代藩主。水戸徳川家祖。正五位下、従四位下・左衛門督・右少将、正四位下・参議・左近衛権少将・左近衛権中将如元、従三位・権中納言、正三位。徳川家康の十一男。側室に於愛(丹波頼房の娘、厚善院、子に松平頼以(1631.12.22 - 1664.5.3、九男、出雲、伊織)、松平房時(1633.8.19 - 1682.9.20、十男、武庫、主殿、権佐))
徳川家康
1543−1616 | 日本の戦国~江戸時代の武将、大名、初代江戸幕府征夷大将軍