加古基氏と織田信長のつながり
北条時政 経由
18ステップ
要約
加古基氏と織田信長は系図上で18ステップでつながっています。父系2代、母系1代、父系2代、母系1代、父系8代、母系1代、父系3代を経由する経路です。経路の中間に佐々木宗氏(鎌倉時代後期の武士・御家人。京極氏4代。佐々木満信の嫡男。従五位下、検非違使、左衛門尉、佐渡守)がいます。
加古基氏
?−? | 鎌倉時代末期から室町時代早期の武士。加古氏の祖。
足利泰氏
1216−1270 | 鎌倉時代前期の鎌倉幕府の御家人
足利義氏 (足利家3代目当主)
1189−1255 | 日本の鎌倉時代の武士・武将。鎌倉幕府の御家人。足利義兼の三男。足利宗家3代。三河守護、陸奥守、武蔵守、左馬頭、正四位下。
北条時子
?−? | 日本の歴史上の人物
北条時政
1138−1215 | 日本の武将
北条義時
1163−1224 | 日本の平安~鎌倉時代の武士、第2代鎌倉幕府執権
北条義時の娘 (佐々木信綱の正室)
?−?
佐々木氏信
1220−1295 | 鎌倉時代中期の武将・御家人
佐々木満信
1245−? | 鎌倉時代後期の人物
佐々木宗氏
1268−1329 | 鎌倉時代後期の武士・御家人。京極氏4代。佐々木満信の嫡男。従五位下、検非違使、左衛門尉、佐渡守
佐々木道誉
1296−1373 | 鎌倉時代末期から南北朝時代の武将
佐々木高秀
1328−1391 | 南北朝時代の武将・守護大名。室町幕府 評定衆、侍所所司、出雲・飛騨・隠岐守護。京極高氏の三男。従五位上、従四位下、左衛門尉、大膳大夫、治部少輔。京極氏6代。子に吾全秀満(-1361、京極秀満、満秀、五郎左衛門尉、出羽守)、宍道秀益(八郎左衛門尉、遠江守)、宇賀野高雅(九郎)、多田満秀(十郎左衛門尉)
京極高詮
1352−1401 | 室町時代前期の武将、守護大名
京極高光
1375−1413 | 室町時代中期の守護大名
京極持清
1407−1470 | 室町時代中期から後期の武将、守護大名
京極持清の娘 (織田信定の母)
?−?
織田信定
?−1538 | 日本の戦国時代の武将、織田弾正忠家(勝幡織田氏)当主
織田信秀
1511−1551 | 日本の武将
織田信長
1534−1582 | 日本の武将
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足利義氏 (足利家3代目当主)
1189−1255 | 日本の鎌倉時代の武士・武将。鎌倉幕府の御家人。足利義兼の三男。足利宗家3代。三河守護、陸奥守、武蔵守、左馬頭、正四位下。
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北条義時
1163−1224 | 日本の平安~鎌倉時代の武士、第2代鎌倉幕府執権
北条義時の娘 (佐々木信綱の正室)
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佐々木氏信
1220−1295 | 鎌倉時代中期の武将・御家人
佐々木満信
1245−? | 鎌倉時代後期の人物
佐々木宗氏
1268−1329 | 鎌倉時代後期の武士・御家人。京極氏4代。佐々木満信の嫡男。従五位下、検非違使、左衛門尉、佐渡守
佐々木道誉
1296−1373 | 鎌倉時代末期から南北朝時代の武将
佐々木高秀
1328−1391 | 南北朝時代の武将・守護大名。室町幕府 評定衆、侍所所司、出雲・飛騨・隠岐守護。京極高氏の三男。従五位上、従四位下、左衛門尉、大膳大夫、治部少輔。京極氏6代。子に吾全秀満(-1361、京極秀満、満秀、五郎左衛門尉、出羽守)、宍道秀益(八郎左衛門尉、遠江守)、宇賀野高雅(九郎)、多田満秀(十郎左衛門尉)
京極高詮
1352−1401 | 室町時代前期の武将、守護大名
京極高光
1375−1413 | 室町時代中期の守護大名
京極持清
1407−1470 | 室町時代中期から後期の武将、守護大名
京極持清の娘 (織田信定の母)
?−?
織田信定
?−1538 | 日本の戦国時代の武将、織田弾正忠家(勝幡織田氏)当主
織田信秀
1511−1551 | 日本の武将
織田信長
1534−1582 | 日本の武将