尼子経久と織田信長のつながり
11ステップ
要約
尼子経久と織田信長は系図上で11ステップでつながっています。父系7代、母系1代、父系3代を経由する経路です。経路の中間に京極高光(室町時代中期の守護大名)がいます。
尼子経久
1458−1541 | 戦国時代の武将・大名。室町幕府 出雲守護代、のち出雲守護。尼子清定の嫡男。尼子氏4代
尼子清定
1410−1488 | 室町時代中期から後期の武将。出雲守護代、月山富田城主。尼子氏3代。刑部少輔。子に尼子源四郎
尼子持久
1381−1437 | 室町時代の武将。上野介、上総介。出雲守護代。出雲尼子氏の祖・2代。月山富田城主。尼子高久の次男
尼子高久
1363−1391 | 南北朝時代の武将。尼子氏の祖・初代。京極高秀の次男。刑部少輔、備前守。室町幕府 近江守護代。子に尼子詮久(出羽守、近江尼子氏の祖)
佐々木高秀
1328−1391 | 南北朝時代の武将・守護大名。室町幕府 評定衆、侍所所司、出雲・飛騨・隠岐守護。京極高氏の三男。従五位上、従四位下、左衛門尉、大膳大夫、治部少輔。京極氏6代。子に吾全秀満(-1361、京極秀満、満秀、五郎左衛門尉、出羽守)、宍道秀益(八郎左衛門尉、遠江守)、宇賀野高雅(九郎)、多田満秀(十郎左衛門尉)
京極高詮
1352−1401 | 室町時代前期の武将、守護大名
京極高光
1375−1413 | 室町時代中期の守護大名
京極持清
1407−1470 | 室町時代中期から後期の武将、守護大名
京極持清の娘 (織田信定の母)
?−?
織田信定
?−1538 | 日本の戦国時代の武将、織田弾正忠家(勝幡織田氏)当主
織田信秀
1511−1551 | 日本の武将
織田信長
1534−1582 | 日本の武将
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この経路に登場する人物
尼子経久
1458−1541 | 戦国時代の武将・大名。室町幕府 出雲守護代、のち出雲守護。尼子清定の嫡男。尼子氏4代
尼子清定
1410−1488 | 室町時代中期から後期の武将。出雲守護代、月山富田城主。尼子氏3代。刑部少輔。子に尼子源四郎
尼子持久
1381−1437 | 室町時代の武将。上野介、上総介。出雲守護代。出雲尼子氏の祖・2代。月山富田城主。尼子高久の次男
尼子高久
1363−1391 | 南北朝時代の武将。尼子氏の祖・初代。京極高秀の次男。刑部少輔、備前守。室町幕府 近江守護代。子に尼子詮久(出羽守、近江尼子氏の祖)
佐々木高秀
1328−1391 | 南北朝時代の武将・守護大名。室町幕府 評定衆、侍所所司、出雲・飛騨・隠岐守護。京極高氏の三男。従五位上、従四位下、左衛門尉、大膳大夫、治部少輔。京極氏6代。子に吾全秀満(-1361、京極秀満、満秀、五郎左衛門尉、出羽守)、宍道秀益(八郎左衛門尉、遠江守)、宇賀野高雅(九郎)、多田満秀(十郎左衛門尉)
京極高詮
1352−1401 | 室町時代前期の武将、守護大名
京極高光
1375−1413 | 室町時代中期の守護大名
京極持清
1407−1470 | 室町時代中期から後期の武将、守護大名
京極持清の娘 (織田信定の母)
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織田信定
?−1538 | 日本の戦国時代の武将、織田弾正忠家(勝幡織田氏)当主
織田信秀
1511−1551 | 日本の武将
織田信長
1534−1582 | 日本の武将