白川雅業王と織田信長のつながり
源満仲 経由
39ステップ
要約
白川雅業王と織田信長は系図上で39ステップでつながっています。父系16代、母系1代、父系7代、母系1代、父系10代、母系1代、父系3代を経由する経路です。経路の中間に源満仲(日本の武将)がいます。
白川雅業王
1488−1560 | 室町時代後期の日本の公卿。白川家18代。土佐一条氏の家礼衆。正二位神祇伯
白川資氏王
1456−1504 | 白川伯王家16代。従三位・非参議。出家
白川資益王
1417−1484 | 白川伯王家15代。正二位・非参議。「資益王記」 。子に白川資郷(左少将。従五位上。早世八才)
白川雅兼王
?−? | 白川伯王家14代。従二位・非参議。勅勘、出家
白川資忠王
1372−1440 | 白川伯王家13代。正二位・非参議。「資忠王記」 。出家
白川顕邦王
1339−1394 | 白川伯王家12代。従二位・非参議。信濃権守。子に白川資高
白川資英王
1309−1366 | 白川伯王家11代。従二位・非参議
白川資清王
1289−1330 | 白川伯王家10代。正三位・非参議
業顕王
1266−1321 | 白川伯王家9代。従二位・非参議。子に白川資広(右中将)、白川資兼(侍従)
資邦王
1233−1299 | 白川伯王家8代。従二位・非参議
資光王
?−1268 | 白川伯王家7代。母は藤原基輔の娘。神祇伯、正四位下、侍従
業資王
1184−1224 | 鎌倉時代の公家。白川伯王家6代。仲資王の長男。従三位・神祇伯、非参議。子に源業忠(従五位上、住関東)、資行王、資兼王
白川仲資王
1157−1222 | 平安時代後期から鎌倉時代前期の公卿。顕広王の次男。正三位・非参議・兵部卿、神祇伯。白川伯王家5代。出家。子に猷尊(家譜作顕綱王男、園城寺、権僧正)、覚印(寺、法印大僧都)、仲舜(園城寺、大僧都)、俊尊(延暦寺、律師)、広子女王、業子女王、寧子女王、業清王
白川顕広王
1095−1180 | 平安時代後期の貴族。正四位下・神祇伯。白川伯家の祖・白川伯王家4代
顕康王
?−? | 白川伯王家3代。従五位上、安芸権守。正親正
康資王
1041−1090 | 平安時代中期から後期の皇族。従四位上・神祇伯。白川伯王家2代
延信王
1050−? | 平安時代中期の皇族・貴族。白川伯王家の始祖・初代。従四位上・神祇伯
源頼房の娘 (清仁親王妃)
?−?
源頼房
?−1076 | 平安時代中期の武将。源頼親の次男。従五位下、蔵人、兵庫助、加賀守、肥前守
源頼親
966−1057 | 日本の武将
源満仲
912−997 | 日本の武将
源頼信
968−1048 | 日本の武将
源頼義
988−1075 | 日本の武将
源義家
1039−1106 | 日本の武将
源為義
1096−1156 | 平安時代末期の武将。従五位下検非違使左衛門大尉。六条判官。
源為義の娘 (佐々木秀義室)
?−?
佐々木定綱
1142−1205 | 日本の鎌倉時代の武将
佐々木信綱 (武将)
1181−1242 | 平安時代末期から鎌倉時代前期の武将
佐々木氏信
1220−1295 | 鎌倉時代中期の武将・御家人
佐々木満信
1245−? | 鎌倉時代後期の人物
佐々木宗氏
1268−1329 | 鎌倉時代後期の武士・御家人。京極氏4代。佐々木満信の嫡男。従五位下、検非違使、左衛門尉、佐渡守
佐々木道誉
1296−1373 | 鎌倉時代末期から南北朝時代の武将
佐々木高秀
1328−1391 | 南北朝時代の武将・守護大名。室町幕府 評定衆、侍所所司、出雲・飛騨・隠岐守護。京極高氏の三男。従五位上、従四位下、左衛門尉、大膳大夫、治部少輔。京極氏6代。子に吾全秀満(-1361、京極秀満、満秀、五郎左衛門尉、出羽守)、宍道秀益(八郎左衛門尉、遠江守)、宇賀野高雅(九郎)、多田満秀(十郎左衛門尉)
京極高詮
1352−1401 | 室町時代前期の武将、守護大名
京極高光
1375−1413 | 室町時代中期の守護大名
京極持清
1407−1470 | 室町時代中期から後期の武将、守護大名
京極持清の娘 (織田信定の母)
?−?
織田信定
?−1538 | 日本の戦国時代の武将、織田弾正忠家(勝幡織田氏)当主
織田信秀
1511−1551 | 日本の武将
織田信長
1534−1582 | 日本の武将
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白川雅業王
1488−1560 | 室町時代後期の日本の公卿。白川家18代。土佐一条氏の家礼衆。正二位神祇伯
白川資氏王
1456−1504 | 白川伯王家16代。従三位・非参議。出家
白川資益王
1417−1484 | 白川伯王家15代。正二位・非参議。「資益王記」 。子に白川資郷(左少将。従五位上。早世八才)
白川雅兼王
?−? | 白川伯王家14代。従二位・非参議。勅勘、出家
白川資忠王
1372−1440 | 白川伯王家13代。正二位・非参議。「資忠王記」 。出家
白川顕邦王
1339−1394 | 白川伯王家12代。従二位・非参議。信濃権守。子に白川資高
白川資英王
1309−1366 | 白川伯王家11代。従二位・非参議
白川資清王
1289−1330 | 白川伯王家10代。正三位・非参議
業顕王
1266−1321 | 白川伯王家9代。従二位・非参議。子に白川資広(右中将)、白川資兼(侍従)
資邦王
1233−1299 | 白川伯王家8代。従二位・非参議
資光王
?−1268 | 白川伯王家7代。母は藤原基輔の娘。神祇伯、正四位下、侍従
業資王
1184−1224 | 鎌倉時代の公家。白川伯王家6代。仲資王の長男。従三位・神祇伯、非参議。子に源業忠(従五位上、住関東)、資行王、資兼王
白川仲資王
1157−1222 | 平安時代後期から鎌倉時代前期の公卿。顕広王の次男。正三位・非参議・兵部卿、神祇伯。白川伯王家5代。出家。子に猷尊(家譜作顕綱王男、園城寺、権僧正)、覚印(寺、法印大僧都)、仲舜(園城寺、大僧都)、俊尊(延暦寺、律師)、広子女王、業子女王、寧子女王、業清王
白川顕広王
1095−1180 | 平安時代後期の貴族。正四位下・神祇伯。白川伯家の祖・白川伯王家4代
顕康王
?−? | 白川伯王家3代。従五位上、安芸権守。正親正
康資王
1041−1090 | 平安時代中期から後期の皇族。従四位上・神祇伯。白川伯王家2代
延信王
1050−? | 平安時代中期の皇族・貴族。白川伯王家の始祖・初代。従四位上・神祇伯
源頼房の娘 (清仁親王妃)
?−?
源頼房
?−1076 | 平安時代中期の武将。源頼親の次男。従五位下、蔵人、兵庫助、加賀守、肥前守
源頼親
966−1057 | 日本の武将
源満仲
912−997 | 日本の武将
源頼信
968−1048 | 日本の武将
源頼義
988−1075 | 日本の武将
源義家
1039−1106 | 日本の武将
源為義
1096−1156 | 平安時代末期の武将。従五位下検非違使左衛門大尉。六条判官。
源為義の娘 (佐々木秀義室)
?−?
佐々木定綱
1142−1205 | 日本の鎌倉時代の武将
佐々木信綱 (武将)
1181−1242 | 平安時代末期から鎌倉時代前期の武将
佐々木氏信
1220−1295 | 鎌倉時代中期の武将・御家人
佐々木満信
1245−? | 鎌倉時代後期の人物
佐々木宗氏
1268−1329 | 鎌倉時代後期の武士・御家人。京極氏4代。佐々木満信の嫡男。従五位下、検非違使、左衛門尉、佐渡守
佐々木道誉
1296−1373 | 鎌倉時代末期から南北朝時代の武将
佐々木高秀
1328−1391 | 南北朝時代の武将・守護大名。室町幕府 評定衆、侍所所司、出雲・飛騨・隠岐守護。京極高氏の三男。従五位上、従四位下、左衛門尉、大膳大夫、治部少輔。京極氏6代。子に吾全秀満(-1361、京極秀満、満秀、五郎左衛門尉、出羽守)、宍道秀益(八郎左衛門尉、遠江守)、宇賀野高雅(九郎)、多田満秀(十郎左衛門尉)
京極高詮
1352−1401 | 室町時代前期の武将、守護大名
京極高光
1375−1413 | 室町時代中期の守護大名
京極持清
1407−1470 | 室町時代中期から後期の武将、守護大名
京極持清の娘 (織田信定の母)
?−?
織田信定
?−1538 | 日本の戦国時代の武将、織田弾正忠家(勝幡織田氏)当主
織田信秀
1511−1551 | 日本の武将
織田信長
1534−1582 | 日本の武将