赤松さごの方と織田信長のつながり
16ステップ
要約
赤松さごの方と織田信長は系図上で16ステップでつながっています。父系6代、母系1代、父系5代、母系1代、父系3代を経由する経路です。経路の中間に佐々木道誉(鎌倉時代末期から南北朝時代の武将)がいます。
赤松さごの方
?−? | 足利義昭の女房衆「御さごの局」の侍女。足利義昭の側室。烏丸光宣と縁談。二条昭実の側室。妙心寺に韶陽院を開く
赤松政秀
1510−1570 | 戦国時代の武将。播磨龍野城主(竜野城主)。下野守。龍野赤松氏。子に赤松広貞
赤松村秀
1493−1540
赤松政則
1455−1496 | 室町時代後期の武将・大名。加賀半国・播磨・美作・備前の守護大名・戦国大名。赤松家9代。
赤松時勝
1433−1455 | 室町時代中期の武将。
赤松義雅
1397−1441 | 室町時代中期の武将。伊予守。
赤松義則
1358−1427 | 室町時代前期の守護大名。赤松則祐の嫡男。
佐々木道誉の娘 (赤松則祐の正室)
?−?
佐々木道誉
1296−1373 | 鎌倉時代末期から南北朝時代の武将
佐々木高秀
1328−1391 | 南北朝時代の武将・守護大名。室町幕府 評定衆、侍所所司、出雲・飛騨・隠岐守護。京極高氏の三男。従五位上、従四位下、左衛門尉、大膳大夫、治部少輔。京極氏6代。子に吾全秀満(-1361、京極秀満、満秀、五郎左衛門尉、出羽守)、宍道秀益(八郎左衛門尉、遠江守)、宇賀野高雅(九郎)、多田満秀(十郎左衛門尉)
京極高詮
1352−1401 | 室町時代前期の武将、守護大名
京極高光
1375−1413 | 室町時代中期の守護大名
京極持清
1407−1470 | 室町時代中期から後期の武将、守護大名
京極持清の娘 (織田信定の母)
?−?
織田信定
?−1538 | 日本の戦国時代の武将、織田弾正忠家(勝幡織田氏)当主
織田信秀
1511−1551 | 日本の武将
織田信長
1534−1582 | 日本の武将
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この経路に登場する人物
赤松さごの方
?−? | 足利義昭の女房衆「御さごの局」の侍女。足利義昭の側室。烏丸光宣と縁談。二条昭実の側室。妙心寺に韶陽院を開く
赤松政秀
1510−1570 | 戦国時代の武将。播磨龍野城主(竜野城主)。下野守。龍野赤松氏。子に赤松広貞
赤松村秀
1493−1540
赤松政則
1455−1496 | 室町時代後期の武将・大名。加賀半国・播磨・美作・備前の守護大名・戦国大名。赤松家9代。
赤松時勝
1433−1455 | 室町時代中期の武将。
赤松義雅
1397−1441 | 室町時代中期の武将。伊予守。
赤松義則
1358−1427 | 室町時代前期の守護大名。赤松則祐の嫡男。
佐々木道誉の娘 (赤松則祐の正室)
?−?
佐々木道誉
1296−1373 | 鎌倉時代末期から南北朝時代の武将
佐々木高秀
1328−1391 | 南北朝時代の武将・守護大名。室町幕府 評定衆、侍所所司、出雲・飛騨・隠岐守護。京極高氏の三男。従五位上、従四位下、左衛門尉、大膳大夫、治部少輔。京極氏6代。子に吾全秀満(-1361、京極秀満、満秀、五郎左衛門尉、出羽守)、宍道秀益(八郎左衛門尉、遠江守)、宇賀野高雅(九郎)、多田満秀(十郎左衛門尉)
京極高詮
1352−1401 | 室町時代前期の武将、守護大名
京極高光
1375−1413 | 室町時代中期の守護大名
京極持清
1407−1470 | 室町時代中期から後期の武将、守護大名
京極持清の娘 (織田信定の母)
?−?
織田信定
?−1538 | 日本の戦国時代の武将、織田弾正忠家(勝幡織田氏)当主
織田信秀
1511−1551 | 日本の武将
織田信長
1534−1582 | 日本の武将