元亀元年4月、織田信長は徳川家康とともに越前の朝倉義景を攻め、金ヶ崎城まで進出した。しかし同盟者の浅井長政の離反により挟撃の危機に陥り、信長は木下秀吉(のちの豊臣秀吉)らを殿に残して朽木越えで京へ撤退した。秀吉の武名を高めた撤退戦として知られる。
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