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久我晴通の系図

久我晴通(1519−1575)を中心とした家族の系図。父は近衛尚通。母は徳大寺維子。子に久我通堅、岩倉具堯、久我三休、久我晴通の娘 (近衛前久の正室・北政所)、瑞光院 (西園寺実益の妻)、興春院、奈多直基、有清がいる。

戦国時代の公卿。近衛尚通の次男。正二位・権大納言、右近衛大将。久我家当主

系図の説明

この系図は久我晴通を中心とした家族の系図です。久我晴通は戦国時代の公卿。近衛尚通の次男。正二位・権大納言、右近衛大将。久我家当主。系図には19名の人物が含まれています。1519年から1630年まで、約111年にわたる系譜です。父は近衛尚通。母は徳大寺維子。8人の子がいる。

系図の重要ポイント

  • 1
    婚姻

    久我家と武田・鴨祝家の婚姻関係が見られます。

  • 2
    女性

    系図中には4名の女性が記録されています。

この系図の主要人物

1541年〜1575年

戦国時代の公卿。正二位、権大納言。久我晴通の長男。久我家20代。

1570年〜1631年

安土桃山時代から江戸時代前期の武士。加藤清正の家臣。久我通堅の三男。鹿苑寺住職。子に下津宗正(長男、宗政、母は平時当の娘、内記、将監、有庵、細川光尚の家臣)、亀谷通尹(1626.9.28-1686.9.21、次男、母は家女房、長齊)

1608年〜1646年

1608-1646, 江戸時代の臨済宗の僧

1615年〜1687年

江戸時代前期の公卿

1630年〜1684年

久我通堅の三男? 下津俸庵の三男?。母は家女房(瀧野氏)。正三位・参議

江戸時代前期から中期の権大納言。有清(英彦山座主権僧正)の三男。愛宕家初代。従二位

豊前英彦山座主、権僧正

久我敦通の正室、のち小倉季藤の妻

江戸時代前期の公家女官。六条有広の妻(子に六条有清(侍従従五位下、夭折))。離縁後、東福門院女房。

戦国時代(室町時代)後期頃から江戸時代初期の公家。正五位下木工頭。村上源氏久我家の分家岩倉家の始祖。

系図に登場する人物(19名)

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