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北条早雲の系図
北条早雲(1432−1519)を中心とした子孫の系図。父は伊勢盛定。母は伊勢貞国の娘 (伊勢盛定の妻)。子に北条氏綱、北条幻庵、北条氏時、葛山氏広、伊勢宗瑞の娘 (高橋高種継室)がいる。
日本の武将
系図の説明
この系図は北条早雲を中心とした子孫の系図です。北条早雲は日本の武将。系図には22名の人物が含まれています。1432年から1526年まで、約94年にわたる系譜です。父は伊勢盛定。母は伊勢貞国の娘 (伊勢盛定の妻)。5人の子がいる。
系図の重要ポイント
- 1婚姻
北条家と南陽・葛山家の婚姻関係が見られます。
- 2女性
系図中には9名の女性が記録されています。
この系図の主要人物
1493年〜1589年
日本の戦国時代の武将・僧。後北条氏(長綱流)初代。北条早雲の四男。母は善修寺殿(-1574.7.25、葛山氏? (伊豆)狩野氏?、善修寺殿梅嶺宗意大姉)。同母姉に長松院殿(-1585.6.14 長松院殿月渓宗珊珊)。同母妹に青松院殿(青松院殿天光貞修大姉、三浦氏員の正室)。妻に栖徳寺殿(-1554.4.5、栖徳寺殿花厳宗大禅定尼)。箱根権現社40世別当。金剛王院院主
1509年〜1597年
戦国時代から安土桃山時代の武将。後北条氏の家臣。民部大輔、左近将監。正室に江梨鈴木大学の娘。子に源七郎、久太郎、高忠、高信、娘(高橋氏頼(高橋康頼)の妻)
1520年〜1542年
日本の戦国時代の武将。戦国大名北条氏綱三男で、相模玉縄城主北条氏時養子。玉縄北条家2代当主。相模玉縄城主を継承後、武蔵川越城・小机城、相模三崎城等の城主や城代を歴任