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北条綱成の系図

北条綱成(1515−1587)を中心とした家族の系図。父は福島正成。子に北条氏繁、北条氏秀、高源院殿 (北条氏規の正室)、浄光院殿 (遠山隼人佐の室)がいる。

日本の戦国時代~安土桃山時代の武将。遠江高天神城主福島正成長男で、相模玉縄城主北条為昌養子。玉縄北条家3代当主。玉縄城主を継承後、武蔵河越城将等を勤めた

系図の説明

この系図は北条綱成を中心とした家族の系図です。北条綱成は日本の戦国時代~安土桃山時代の武将。遠江高天神城主福島正成長男で、相模玉縄城主北条為昌養子。玉縄北条家3代当主。玉縄城主を継承後、武蔵河越城将等を勤めた。系図には11名の人物が含まれています。1515年から1576年まで、約61年にわたる系譜です。父は福島正成。4人の子がいる。

系図の重要ポイント

  • 1
    婚姻

    北条家と大頂家の婚姻関係が見られます。

  • 2
    女性

    系図中には3名の女性が記録されています。

この系図の主要人物

1536年〜1578年

日本の戦国時代~安土桃山時代の武将。相模玉縄城主北条綱成長男で、玉縄北条家4代当主(戦国大名北条氏康娘婿)。玉縄城主を継承後、岩槻城城代・鎌倉代官を歴任

1550年〜1583年

戦国武将。北条綱成の子

1550年〜1581年

日本の戦国時代~安土桃山時代の武将。相模玉縄城主北条氏繁長男で、玉縄北条家5代当主。武蔵岩付城代を経て、玉縄城主となる

1550年〜1580年

武蔵千葉氏7代(最後)。武蔵石浜城。北条氏繁の三男?四男?

1559年〜1611年

日本の戦国時代~江戸時代初期の武将・大名。後北条家・徳川家の家臣。相模玉縄城主北条氏繁次男で、玉縄北条家6代当主。徳川家仕官後、下総岩富藩初代藩主(1万石)となる

1576年〜1612年

日本の安土桃山時代~江戸時代初期の武将。北条氏繁の五男で、兄の北条氏勝養子。義弟に北条氏重(保科正直四男で、氏勝養子)

戦国時代の後北条氏一族。北条氏繁の三男。

系図に登場する人物(11名)

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