菅原孝標の系図
菅原孝標(972−?)を中心とした家族の系図。父は菅原資忠。母は源包の娘 (菅原資忠の室)。子に菅原孝標女、菅原定義がいる。
平安時代の貴族。従四位上、文章博士、上総介、常陸介、蔵人頭、検非違使。上総国・常陸国の受領。子に基円(安楽寺別当)、娘(1001?-1024)、為広(津戸二郎、母は谷保大夫(武蔵国住人)の娘)
系図の説明
この系図は菅原孝標を中心とした家族の系図です。菅原孝標は平安時代の貴族。従四位上、文章博士、上総介、常陸介、蔵人頭、検非違使。上総国・常陸国の受領。子に基円(安楽寺別当)、娘(1001?-1024)、為広(津戸二郎、母は谷保大夫(武蔵国住人)の娘)。系図には7名の人物が含まれています。972年から1041年まで、約69年にわたる系譜です。父は菅原資忠。母は源包の娘 (菅原資忠の室)。2人の子がいる。
系図の重要ポイント
- 1婚姻
菅家と藤原・上総家の婚姻関係が見られます。
- 2女性
系図中には1名の女性が記録されています。
この系図の主要人物
1002年〜1065年
平安時代中期から後期の貴族、学者。従四位上・大学頭、大内記、和泉守。贈従一位。菅原氏長者。子に菅原忠章(母は藤原在良の娘)、菅原正長、菅原茂富、定快(延暦寺、安楽寺別当、阿闍梨)
1030年〜1107年
母は藤原相任の娘。大学頭、式部丞、正四位下、相模権守、常陸介、武蔵守。子孫は高辻家・五条家・東坊城家など。子に清隆、厳実(道明寺別当)、聖教(寛賢、安楽寺別当、北野権別当)
1041年〜1121年
平安時代中期から後期にかけての貴族、歌人。従四位上・式部大輔。唐橋家初代。菅原氏長者。贈従三位。子に菅原信永、菅原為恒、俊源(興福寺、律師、安楽寺別当)、俊永(延暦寺、法橋、安楽寺別当、北野権別当)、藤原信成の妻(子に殷富門院大輔(1130頃-1200頃、殷富門院大甫局、千載以下代々作者))