系図rekizu
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藤原重方の娘 (藤原光雅の室)の系図

藤原重方の娘 (藤原光雅の室)を中心とした家族の系図。父は藤原重方。母は藤原顕頼の娘 (藤原重方室)。子に葉室光親、藤原顕俊がいる。

系図の説明

この系図は藤原重方の娘 (藤原光雅の室)を中心とした家族の系図です。系図には16名の人物が含まれています。1176年から1209年まで、約33年にわたる系譜です。父は藤原重方。母は藤原顕頼の娘 (藤原重方室)。2人の子がいる。

系図の重要ポイント

  • 1
    女性

    系図中には9名の女性が記録されています。

この系図の主要人物

1176年〜1221年

平安時代末期から鎌倉時代前期の公卿。藤原光雅の次男。正二位・権中納言。贈従一位。出家。後鳥羽院側近として承久の乱により処刑された。子に堀川顕親(正五位下、兵部少輔、母は家女房)、親暁(親曉、延暦寺、権大僧都、法印)、円成(園城寺、法印、権大僧都)

1182年〜1229年

葉室家別系四条家の祖。藤原光雅の次男。藤原宗頼の猶子。正二位・権中納言。出家。子に顕基、頼俊(正五位下、中宮権大進、越中守)、顕誉(延暦寺、大僧都)、親賢(東大寺、阿闍梨)

1202年〜1232年

藤原顕俊の長男。母は藤原能頼(石見守)の娘。従三位・参議。出家

1207年〜1258年

藤原顕俊の次男。正二位・権中納言。出家。子に光顕(正五位下、刑部大輔)、親定(正四位下、宮内大輔)、静雅、任親(園城寺、法印大僧都)、親雲(延暦寺)

1208年〜1272年

鎌倉時代中期の公卿。葉室光親の次男。正三位・権中納言。

1209年〜1276年

日本の鎌倉時代中期の公家・歌人

子に久我通教(侍従)、久我基俊

母は成清(法印)の娘。正五位下、丹後守

系図に登場する人物(16名)