系図rekizu

会津征伐

1600会津安土桃山時代

経過

慶長5年夏、徳川家康が上杉景勝の不穏な動きを咎めて起こした会津への遠征。家康の東下中に石田三成が挙兵したため、下野・小山で軍議(小山評定)を開き、家康は会津征伐を中止して西へ反転した。関ヶ原の戦いの発端となった局面。

主要人物のライフラインと時系列で、出来事の経過を追えます。図の記法は下の凡例をご覧ください。

徳川家康上杉景勝6月7月7/258月会津へ進軍迎撃を準備直江兼続・共同小山評定西へ反転家康は上杉討伐を掲げ、諸大名を率いて会津へ向けて進軍した。上杉景勝は直江兼続とともに白河口で徳川勢を迎え撃つ構えを固めた。下野小山で三成挙兵の報に接した家康は、諸将の同意を得て西への反転を決した。家康は会津征伐を中止し、主力を関ヶ原方面へ転進させた。

図の記法

  • 変報・急報(知らせが届く)
  • 移動・出陣・要請(その人物自身の行動)
  • 人物(タップでその人物の系図へ)
  • 付随する人物と役割(先鋒・討死・静観 など)
陣営
  • east
  • uesugi

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登場人物

その他の人物