系図rekizu

経過

元暦2年3月、長門壇ノ浦の関門海峡で源義経率いる源氏水軍が平氏水軍を殲滅した治承・寿永の乱最後の合戦。序盤は潮流を味方につけた平氏が優勢だったが、潮目の変化と阿波水軍の寝返りで形勢は逆転。二位尼は安徳天皇を抱いて入水し、知盛も海に没して平氏一門は滅亡した。

主要人物のライフラインと時系列で、出来事の経過を追えます。図の記法は下の凡例をご覧ください。

源義経源範頼平知盛平宗盛平氏軍3月上旬3/24早朝3/24午前3/24昼3/24午後3/243/24後九州で退路遮断壇ノ浦へ進撃平氏水軍が先制潮変わりと反撃総攻撃田口成良・共同一門入水安徳天皇・横死平時子・自刃宗盛捕縛平徳子・退避神器の捜索範頼は豊後へ渡って九州の平氏方を制し、彦島に拠る平氏は背後の補給と退路を断たれた義経は熊野・河野水軍を加えた840余艘で関門海峡へ進み、平氏の500余艘と壇ノ浦沖で対峙した。知盛の下、潮流を味方につけた平氏は序盤優勢に戦い、激しい矢戦で源氏方の船団を押し込んだ。潮目が変わる頃、義経は敵船の水手・梶取を射させたと伝わり、平氏水軍は操船の自由を失った。阿波水軍の田口成良の寝返りで大勢は決し、源氏は総攻撃をかけて平氏の船団を追い詰めた。二位尼は安徳天皇を抱いて海に入り、知盛も「見るべき程の事は見つ」と言い残して海に没した。海に身を投げた宗盛は泳ぐところを引き上げられて捕虜となり、平氏一門はここに滅亡した。神鏡と勾玉は回収されたが宝剣は海中に失われた。6年に及ぶ内乱は壇ノ浦で幕を閉じた

図の記法

  • 命令・攻撃・招請・合流(相手への働きかけ)
  • 移動・出陣・要請(その人物自身の行動)
  • 討死・自害(以降そのライフラインは途切れる)
  • 人物(タップでその人物の系図へ)
  • 軍・勢(部隊単位のライフライン。幟旗つき)
  • 付随する人物と役割(先鋒・討死・静観 など)
陣営
  • kamakura
  • heishi

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登場人物

主要人物