系図rekizu
関ヶ原の戦い前後

細川ガラシャの死と人質作戦の頓挫

1600近畿安土桃山時代

経過

西軍が大坂在住の大名妻子を人質に取ろうとした際、細川忠興の妻ガラシャが登城を拒み屋敷で命を絶った事件。人質作戦は頓挫し、かえって東軍諸将の心を家康側へ固める結果となった。

主要人物のライフラインと時系列で、出来事の経過を追えます。図の記法は下の凡例をご覧ください。

石田三成細川ガラシャ細川忠興6月中旬7/167/177月下旬8月会津征伐へ従軍妻子人質を要求登城を強要屋敷で最期少斎・自刃人質策を緩和東下中に悲報忠興は家康に従って会津へ東下し、大坂玉造の細川屋敷には妻ガラシャがわずかな家臣と共に残った。挙兵した西軍は在坂の諸大名の妻子を大坂城内へ移し人質とする方針を定め、屋敷ごとに登城を督促した。兵が玉造屋敷を取り囲み、人質としての登城を迫った。ガラシャは夫の留守を守って敢然と拒んだ。自害を禁じる信仰ゆえ、家老小笠原少斎に胸を突かせて果てた。少斎は屋敷に火を放って自刃した。悲劇の衝撃と諸将の反発を恐れた西軍は妻子の強制収容を事実上断念し、人質作戦は頓挫した。忠興は妻の死を知って西軍への敵意を固め、関ヶ原本戦では石田隊へ猛攻を加えることになる。

図の記法

  • 命令・攻撃・招請・合流(相手への働きかけ)
  • 変報・急報(知らせが届く)
  • 移動・出陣・要請(その人物自身の行動)
  • 討死・自害(以降そのライフラインは途切れる)
  • 人物(タップでその人物の系図へ)
  • 付随する人物と役割(先鋒・討死・静観 など)
陣営
  • seigun
  • hosokawa

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登場人物

その他の人物