系図rekizu
関ヶ原の戦い前後

石田三成挙兵と「内府ちかひの条々」

1600近畿安土桃山時代

経過

家康の会津征伐で畿内が手薄になった隙に、石田三成が大谷吉継・三奉行らと結んで挙兵。毛利輝元を総大将に擁立し、家康の違約を弾劾する「内府ちかひの条々」を諸大名へ発して西軍を結成した。

主要人物のライフラインと時系列で、出来事の経過を追えます。図の記法は下の凡例をご覧ください。

石田三成大谷吉継毛利輝元宇喜多秀家7月上旬7/117/127/177/197月下旬佐和山に招く吉継が同心輝元を擁立恵瓊・交渉増田長盛・共同内府違いの条々前田玄以・共同長束正家・共同西の丸に入城諸将が参集島津義弘・共同小西行長・共同会津征伐へ向かう途上の吉継を三成が佐和山城に招き入れ、打倒家康の挙兵計画を初めて打ち明けた。無謀と諫めた吉継も友誼に応えて翻意し、垂井から佐和山へ引き返して挙兵計画の中核に加わった。三成は三奉行や安国寺恵瓊と図って五大老毛利輝元へ上坂を要請し、西軍総大将に担ぎ出した。三奉行連署で家康の違約を13か条にわたり弾劾する檄文を発し、諸大名に打倒家康の決起を呼びかけた。輝元は大坂城に入り、家康の居所だった西の丸を接収。秀頼を擁する形で西軍の総帥の座に就いた。宇喜多秀家を副将格に、島津義弘・小西行長ら諸将が加わり、西軍は約10万の大軍に膨れ上がった。

図の記法

  • 命令・攻撃・招請・合流(相手への働きかけ)
  • 移動・出陣・要請(その人物自身の行動)
  • 人物(タップでその人物の系図へ)
  • 付随する人物と役割(先鋒・討死・静観 など)

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