系図rekizu

経過

会津へ向かう途上の下野小山で、三成挙兵の報を受けた家康が開いたとされる軍議。福島正則の率先で豊臣系諸将の東軍加担が決し、全軍の反転西上と東海道筋の城の提供が定まった。

主要人物のライフラインと時系列で、出来事の経過を追えます。図の記法は下の凡例をご覧ください。

徳川家康福島正則山内一豊7/217/247/257/268/5江戸を発ち北上三成挙兵の急報鳥居元忠・急報諸将を招集東軍加担を宣言黒田長政・交渉居城提供を申出堀尾忠氏・共同先鋒が反転西上池田輝政・共同江戸へ帰還家康は会津へ向けて江戸を発ち、7/24に下野小山へ着陣した。従軍の諸将も奥州街道を進んでいた。伏見の鳥居元忠からの急使などにより、三成挙兵と伏見城攻囲の報が家康の陣にもたらされた。家康は従軍中の豊臣系諸将を本陣に集めて情勢を告げ、妻子が人質の身ゆえ去就は各自に委ねると諮った。正則が真っ先に家康への味方を明言すると諸将は雪崩を打って続き、東軍としての結束が成った。一豊は居城掛川城の明け渡しを申し出て東海道筋の諸将もこれに倣い、東軍の西上路が確保された。正則・池田輝政ら先鋒は東海道を清須へ向かい、上杉への抑えには結城秀康らが残された家康は江戸城へ戻り、約1か月にわたって諸大名へ大量の書状を発し、味方工作を展開した。

図の記法

  • 命令・攻撃・招請・合流(相手への働きかけ)
  • 変報・急報(知らせが届く)
  • 移動・出陣・要請(その人物自身の行動)
  • 人物(タップでその人物の系図へ)
  • 付随する人物と役割(先鋒・討死・静観 など)
陣営
  • 徳川
  • togun

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