系図rekizu
長篠の戦い前後

鳥居強右衛門の脱出

1575三河戦国時代

経過

天正3年5月、落城寸前の長篠城から足軽の鳥居強右衛門が夜陰に乗じて武田軍の包囲網を突破し、岡崎へ援軍要請を伝えた決死行。帰路に捕縛された強右衛門は「援軍は来ない」と叫ぶよう強要されるも、城に向かって援軍到来を叫んで磔にされ、城兵の士気を支えた。

主要人物のライフラインと時系列で、出来事の経過を追えます。図の記法は下の凡例をご覧ください。

奥平信昌鳥居強右衛門徳川家康織田信長武田勝頼武田軍5/145/14夜5/15朝5/155/15夜5/16使者を命じる鈴木金七・共同川を潜り脱出脱出成功の合図岡崎で窮状報告織田信長・共同長篠へ引き返す捕縛される磔刑に処される兵糧蔵を焼かれ落城寸前となった城内で、信昌は岡崎への援軍要請の使者として強右衛門を送り出した。強右衛門は夜陰に乗じて寒狭川に潜り、張り巡らされた鳴子の警戒網をかいくぐって包囲を突破した。雁峰山から狼煙を上げて脱出成功を城に伝えたと言われる。強右衛門はそのまま岡崎へ走り続けた。岡崎城に到着した強右衛門は家康と信長に城の窮状を訴え、援軍出立が決まっていることを確認した。役目を果たした強右衛門は休息を勧められたが、吉報を一刻も早く城に伝えるべく単身引き返した。城の目前で武田軍に捕縛された。勝頼は「援軍は来ない」と城へ叫べば命を助けると持ちかけたと伝わる。強右衛門は約束に背き「援軍は来る、あと数日持ちこたえよ」と叫んで磔にされた。城兵の士気は大いに上がった。

図の記法

  • 命令・攻撃・招請・合流(相手への働きかけ)
  • 変報・急報(知らせが届く)
  • 移動・出陣・要請(その人物自身の行動)
  • 討死・自害(以降そのライフラインは途切れる)
  • 人物(タップでその人物の系図へ)
  • 軍・勢(部隊単位のライフライン。幟旗つき)
  • 付随する人物と役割(先鋒・討死・静観 など)
陣営
  • 徳川
  • 織田
  • takeda

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登場人物

その他の人物