系図rekizu
治承・寿永の乱前後

頼朝の房総再起と鎌倉入り

1180関東平安時代

経過

石橋山の敗戦後、安房へ逃れた源頼朝が房総の武士団を糾合して急速に勢力を回復した過程。千葉常胤・上総広常ら大武士団の参陣で数万騎の大軍となった頼朝は、武蔵の武士も従えて10月に鎌倉へ入り、東国支配の本拠を定めた。

主要人物のライフラインと時系列で、出来事の経過を追えます。図の記法は下の凡例をご覧ください。

源頼朝千葉常胤上総広常8/299月初9/179/1910/210/6安房に上陸参陣を呼びかけ安西景益・共同千葉氏が参陣上総氏が参陣武蔵へ進出畠山重忠・共同鎌倉入り頼朝は安房国平北郡猟島に上陸。別船で逃れていた三浦一族とも再会し、再起の足場を得た。在地の安西景益らを従えた頼朝は、下総の千葉常胤と上総の上総広常へ使者を送り参陣を促した。常胤は一族300余騎を率いて下総国府で頼朝を迎え、鎌倉を本拠とするよう進言したと伝わる。広常は2万騎と号する大軍で隅田川辺に参陣。遅参を咎めた頼朝の器量に服したと語られる。大軍となった頼朝は隅田川を渡って武蔵に入り、畠山重忠ら武蔵の有力武士も相次いで帰伏した。頼朝は父祖ゆかりの地鎌倉へ入り、大倉郷に居館の造営を始めて東国支配の本拠と定めた

図の記法

  • 命令・攻撃・招請・合流(相手への働きかけ)
  • 移動・出陣・要請(その人物自身の行動)
  • 人物(タップでその人物の系図へ)
  • 付随する人物と役割(先鋒・討死・静観 など)

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登場人物

その他の人物