とくがわ むねはる
徳川宗春
江戸時代中期の大名、大久保松平家当主、陸奥梁川藩主。のち尾張徳川家7代・尾張藩7代藩主。従三位・左近衛権中将参議、権中納言、贈従二位・権大納言。側室に左近、おはる
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人物要約
徳川宗春(1696年〜1764年)は、江戸時代中期の大名、大久保松平家当主、陸奥梁川藩主。のち尾張徳川家7代・尾張藩7代藩主。従三位・左近衛権中将参議、権中納言、贈従二位・権大納言。側室に左近、おはる。享年68歳。
系図上の位置
徳川宗春は徳川綱誠の子である。配偶者は海津 (徳川宗春の側室)、民部 (徳川宗春の側室)。子に徳川勝子がいる。
主要な親族
よくある質問
徳川宗春の父親は誰ですか?
徳川宗春の父は徳川綱誠です。
徳川綱誠の詳細 →徳川宗春の母親は誰ですか?
徳川宗春の母親についての情報は系図データに記録されていません。
徳川宗春の子孫は誰ですか?
徳川宗春の子には徳川勝子がいます。さらに詳しい子孫は系図ページでご覧いただけます。
徳川宗春の子孫系図を見る →徳川宗春は誰の家系ですか?
徳川宗春は徳川綱誠の家系に属します。徳川綱誠の先祖を辿ることで、より広い家系を確認できます。
徳川綱誠の先祖を見る →徳川宗春はいつ生まれましたか?
徳川宗春は1696年に生まれ、1764年に亡くなりました(享年68歳)。
関連人物
- 徳川綱誠江戸時代前期の大名。尾張藩3代藩主。新陰流第7世。正三位・権中納言。徳川光友の次男・嫡長男
- 海津 (徳川宗春の側室)子に富(1724.5.1-1733.7.27、長女、理泡院)、八千(1726.12.30-1731.6.21、三女、曄徳院)、徳川国丸(1730.2.4-1735.10.24、長男、國丸、慧運院、萬五郎)
- 民部 (徳川宗春の側室)子に補誦(1726.2.5-1735.11.22、次女、凛霜院、三保)、八百(1730.3.1-1731.8.14、五女、秋蔵院)、徳川龍治代(1737.12.3-1738.2.12、次男、龍千代、圓徳院)
- 徳川勝子徳川宗春の四女。母は伊予(側室、子に以津(1730.10.2 - 1731.10.4、六女、性如院))。九条稙基と婚約、のち近衛内前の後妻・正室。従三位