とくがわ なりあき
徳川斉昭
日本の江戸時代末期の水戸藩主
家系図プレビュー
親族情報
- 父
- 徳川治紀
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人物要約
徳川斉昭(1800年〜1860年)は、日本の江戸時代末期の水戸藩主。享年60歳。
系図上の位置
徳川斉昭は徳川治紀の子である。配偶者は吉子女王、高橋悦子、山野辺直、松波貞子、柳原登聞、立原利子、万里小路睦子、高丘徳子、高橋道子。子に徳川慶篤、徳川慶喜、松平直侯、松平武聰、池田慶徳ら計19名がいる。
主要な親族
よくある質問
徳川斉昭の父親は誰ですか?
徳川斉昭の父は徳川治紀です。
徳川治紀の詳細 →徳川斉昭の母親は誰ですか?
徳川斉昭の母親についての情報は系図データに記録されていません。
徳川斉昭の子孫は誰ですか?
徳川斉昭の子には徳川慶篤、徳川慶喜、松平直侯らがいます。さらに詳しい子孫は系図ページでご覧いただけます。
徳川斉昭の子孫系図を見る →徳川斉昭は誰の家系ですか?
徳川斉昭は徳川治紀の家系に属します。徳川治紀の先祖を辿ることで、より広い家系を確認できます。
徳川治紀の先祖を見る →徳川斉昭はいつ生まれましたか?
徳川斉昭は1800年に生まれ、1860年に亡くなりました(享年60歳)。
関連人物
- 徳川治紀日本の江戸時代の大名
- 吉子女王日本の皇族。織仁親王の十二女末娘。徳川斉昭の正室・御簾中。子に二郎麿(1833.1.4-1834.9.8、次男、次郎麿、二郎麻呂)、以以姫(1835、五女、唯姫、早世)
- 高橋悦子高橋高明の娘。徳川斉昭の側室。子に寧姫(1857-1859、十四女、早世)
- 山野辺直徳川斉昭の側室。子に比呂姫(1834-1835、四女、恕姫、早世)、徳川四郎麿(1835-1836、四男、亖郎麻呂、早世)、庸姫(1837-1843、七女、早世)、一葉姫(1840-1843、八女、早世)、余三麿(1844-1844、十三男、余三麻呂、早世)
- 松波貞子松波光寧の娘。徳川斉昭の側室。子に三郎麿(1835 - 1837、三男、三郎麻呂、早世)、余二麿(1844 - 1844、十二男、余二麻呂、早世)
- 柳原登聞柳原隆光(権大納言)の娘。徳川斉昭の側室(子に六郎麿(1837-1838、六男、六郎麻呂、早世))。のち松平頼譲(家臣)の妻
- 立原利子立原杏所の次女。徳川斉昭の側室。子に静姫(1843-1844、十女、早世)
- 万里小路睦子万里小路建房(権大納言)の六女。徳川斉昭の側室。子に廿麿(1856-1858、二十男、廿麻呂、早世)
- 高丘徳子高丘永季(参議)の娘。徳川斉昭の側室。子に余五麿(1849、十五男、余五麻呂、早世)、廿一麿(1856、二十一男、廿一麻呂、早世)
- 高橋道子徳川斉昭の側室。子に久姫(1853、十三女、早世)