ひの としみつ
日野俊光
鎌倉時代後期の公卿・歌人。母は賀茂能継の娘(子に景光(木工頭)-娘)。権大納言兼右衛門督。日野家17代。勅撰集『新後撰和歌集』以下に33首入集。子に宣実(仁和寺、威徳寺、実仍僧正弟子)、資継、光恵(延暦寺、大僧正、横川長吏、心性院)、俊承(延暦寺、法印大僧都、新熊野別当、三宝院)、小野光海(大僧都、大元別当、道俊、安祥院)、浄俊(律師、祇候大塔宮)、光円(延暦寺、権少僧都、日野別当、尊勝院)、後伏見院民部卿典侍
家系図プレビュー
親族情報
- 父
- 日野資宣
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人物要約
日野俊光(1260年〜1326年)は、鎌倉時代後期の公卿・歌人。母は賀茂能継の娘(子に景光(木工頭)-娘)。権大納言兼右衛門督。日野家17代。勅撰集『新後撰和歌集』以下に33首入集。子に宣実(仁和寺、威徳寺、実仍僧正弟子)、資継、光恵(延暦寺、大僧正、横川長吏、心性院)、俊承(延暦寺、法印大僧都、新熊野別当、三宝院)、小野光海(大僧都、大元別当、道俊、安祥院)、浄俊(律師、祇候大塔宮)、光円(延暦寺、権少僧都、日野別当、尊勝院)、後伏見院民部卿典侍。享年66歳。
系図上の位置
日野俊光は日野資宣の子である。子に日野資名、日野資朝、柳原資明、賢俊、日野資冬ら計10名がいる。
主要な親族
よくある質問
日野俊光の父親は誰ですか?
日野俊光の父は日野資宣です。
日野資宣の詳細 →日野俊光の母親は誰ですか?
日野俊光の母親についての情報は系図データに記録されていません。
日野俊光の子孫は誰ですか?
日野俊光の子には日野資名、日野資朝、柳原資明らがいます。さらに詳しい子孫は系図ページでご覧いただけます。
日野俊光の子孫系図を見る →日野俊光は誰の家系ですか?
日野俊光は日野資宣の家系に属します。日野資宣の先祖を辿ることで、より広い家系を確認できます。
日野資宣の先祖を見る →日野俊光はいつ生まれましたか?
日野俊光は1260年に生まれ、1326年に亡くなりました(享年66歳)。
関連人物
- 日野資宣鎌倉時代中期の公卿。日野家光の次男。日野家16代。正二位・権中納言・民部卿。日記『仁部記』。勅撰集『続拾遺和歌集』以下に15首入集。
- 日野資名鎌倉時代後期~南北朝時代の公卿。日野俊光の長男。正二位・権大納言。日野家18代。勅撰集『続千載和歌集』以下に9首入集。子に日野氏光(-1333.9.11、左衛門権佐、裏松、策、春宮大進、正五位下)、宣子(-1382.7.25、従一位、典侍、岡松一品、歌人)
- 日野資朝鎌倉時代後期の公卿・儒学者・茶人。日野俊光の次男。従三位・権中納言、贈従二位。佐渡配流。子に日野朝光(右少将、子に資夏(候南山)、玄能(延暦寺、法印、権大僧都))
- 柳原資明鎌倉時代後期から南北朝時代の公卿。日野俊光の四男。母は三位局(亀山院女房)。正二位・権大納言、院別当。柳原家の祖・初代。子に柳原宗光-慶子(典侍)
- 賢俊1299-1357, 南北朝時代の真言宗の僧。日野俊光の子。俗名は日野 賢俊。勅撰集『風雅和歌集』以下に10首入集
- 日野資冬子に朝光(正五位下、右少弁)、 信光(従四位下、少納言)
- 日野雅光従三位・非参議
- 伏見院中納言典侍子に冬雅
- 日野俊光の娘 (花山院師賢の妻)
- 帥局 (亀山天皇の後宮)従三位。子に寛尊親王(-1382.12.31、寛融、一品、寛尊法親王、仁和寺、西院、安井、大覚寺、天王寺別当、天王寺宮)