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広橋頼資の系図

広橋頼資(1182−1236)を中心とした家族の系図。父は藤原兼光 (真夏流日野家)。子に広橋経光、世尊寺経朝がいる。

鎌倉時代前期の公卿。藤原兼光の五男。母は院尚(法印、院慶)の娘。広橋家の祖・初代。従二位、権中納言。民部卿・藤原光範の後を継いだとされる。出家

系図の説明

この系図は広橋頼資を中心とした家族の系図です。広橋頼資は鎌倉時代前期の公卿。藤原兼光の五男。母は院尚(法印、院慶)の娘。広橋家の祖・初代。従二位、権中納言。民部卿・藤原光範の後を継いだとされる。出家。系図には8名の人物が含まれています。1182年から1250年まで、約68年にわたる系譜です。父は藤原兼光 (真夏流日野家)。2人の子がいる。

系図の重要ポイント

  • 1
    女性

    系図中には2名の女性が記録されています。

この系図の主要人物

1212年〜1274年

鎌倉時代中期の公卿。広橋頼資の長男。正二位・民部卿、権中納言。日記『民経記』の著者。

1215年〜1276年

世尊寺家9代

1239年〜1280年

鎌倉時代中期の公家。正四位下・右大弁、蔵人頭。広橋経光の長男。広橋家2代

1244年〜1308年

鎌倉時代後期の公卿。広橋経光の次男。従二位・権中納言。日記『勘仲記』。

1247年〜1277年

世尊寺家10代。従二位・非参議。出家

1250年〜1329年

鎌倉時代後期の女性。亀山上皇の側室・宮人。のち尊治親王(後醍醐天皇)の側室・後宮。重臣「後の三房」の一人吉田定房の側室・寵姫になったとする説もある。

系図に登場する人物(8名)

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