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徳大寺維子の系図

徳大寺維子(1481−1566)を中心とした家族の系図。父は徳大寺実淳。子に久我晴通、近衛稙家がいる。

戦国時代。近衛尚通の北政所・正室。

系図の説明

この系図は徳大寺維子を中心とした家族の系図です。徳大寺維子は戦国時代。近衛尚通の北政所・正室。。系図には17名の人物が含まれています。1481年から1544年まで、約63年にわたる系譜です。父は徳大寺実淳。2人の子がいる。

系図の重要ポイント

  • 1
    婚姻

    徳大家と近衛家の婚姻関係が見られます。

  • 2
    女性

    系図中には8名の女性が記録されています。

この系図の主要人物

1503年〜1566年

戦国時代の公卿。近衛尚通の長男・嫡男。従一位・関白、太政大臣。近衛家16代。子に花屋玉栄(1526-、慶福院、『花屋抄』)、陽山(-1564、慈照寺住持)、尊信(1547-1588、義性、大覚寺35代門跡)、秀山尊性(-1569、光照院住持)。

1519年〜1575年

戦国時代の公卿。近衛尚通の次男。正二位・権大納言、右近衛大将。久我家当主

1536年〜1612年

戦国時代から江戸時代初期の公卿

1541年〜1575年

戦国時代の公卿。正二位、権大納言。久我晴通の長男。久我家20代。

1544年〜1608年

1544-1608, 戦国時代の僧侶。京都聖護院門跡。近衛稙家の子。照高院、浄満寺宮と号した。

戦国時代から安土桃山時代の人物。本国寺上人。僧正

室町幕府13代将軍・足利義輝の正室

英彦山座主、権僧正。岩倉具堯の次男

戦国時代(室町時代)後期頃から江戸時代初期の公家。正五位下木工頭。村上源氏久我家の分家岩倉家の始祖。

系図に登場する人物(17名)

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