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徳川綱誠の系図
徳川綱誠(1652−1699)を中心とした子孫の系図。父は徳川光友。母は霊仙院。子に徳川吉通、徳川継友、松平義孝、松平通温、徳川宗春、徳川喜知姫、徳川松姫 (前田吉徳正室)がいる。
江戸時代前期の大名。尾張藩3代藩主。新陰流第7世。正三位・権中納言。徳川光友の次男・嫡長男
系図の説明
この系図は徳川綱誠を中心とした子孫の系図です。徳川綱誠は江戸時代前期の大名。尾張藩3代藩主。新陰流第7世。正三位・権中納言。徳川光友の次男・嫡長男。系図には12名の人物が含まれています。1652年から1728年まで、約76年にわたる系譜です。父は徳川光友。母は霊仙院。7人の子がいる。
系図の重要ポイント
- 1婚姻
徳川家と広幡・本寿家の婚姻関係が見られます。
- 2女性
系図中には5名の女性が記録されています。
この系図の主要人物
1692年〜1731年
江戸時代中期の尾張藩主6代。徳川家継の後継者候補。徳川綱誠の十一男?十二男?十三男?。従三位・権中納言。母は林和泉(側室、泉光院、子に亀太郎(1687-1692.2.18、七男、幽巌院)、常三郎(1688-1691.7.2、九男、迢珠院))
1696年〜1764年
江戸時代中期の大名、大久保松平家当主、陸奥梁川藩主。のち尾張徳川家7代・尾張藩7代藩主。従三位・左近衛権中将参議、権中納言、贈従二位・権大納言。側室に左近、おはる
1728年〜1760年
徳川宗春の四女。母は伊予(側室、子に以津(1730.10.2 - 1731.10.4、六女、性如院))。九条稙基と婚約、のち近衛内前の後妻・正室。従三位