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持明院家行の系図

持明院家行(1175−1226)を中心とした先祖の系図。父は持明院基宗。母は藤原忠成の娘 (持明院基宗の妻)。子に持明院家定、別当典侍 (後堀河天皇の典侍)、持明院家行の娘? (藤原頼経の室)がいる。

鎌倉時代前期の公卿。持明院基宗の次男。母はあるいは上西門院帥局(昌玄(僧正)の娘、子に持明院基能)。正三位・権中納言。持明院家5代

系図の説明

この系図は持明院家行を中心とした先祖の系図です。持明院家行は鎌倉時代前期の公卿。持明院基宗の次男。母はあるいは上西門院帥局(昌玄(僧正)の娘、子に持明院基能)。正三位・権中納言。持明院家5代。系図には5名の人物が含まれています。1091年から1175年まで、約84年にわたる系譜です。父は持明院基宗。母は藤原忠成の娘 (持明院基宗の妻)。3人の子がいる。

系図の重要ポイント

  • 1
    婚姻

    持明家と藤原家の婚姻関係が見られます。

  • 2
    女性

    系図中には1名の女性が記録されています。

この系図の主要人物

1091年〜1158年

平安時代後期の貴族。正五位下・民部大輔。御子左庶流大炊御門流の祖。子に藤原惟綱(尾張守従五位上)、昌雲(延暦寺、法務、大僧正、妙法院、牛車)、重慶(興福寺、法橋、子に義慶(興福寺、上座) 、玄能(興福寺、上座) )

1132年〜1214年

平安時代後期から鎌倉時代初期の公卿。藤原通基の三男。正二位・権中納言。持明院家の祖・3代

1155年〜1202年

平安時代後期から鎌倉時代初期の公卿。持明院家4代。持明院基家の長男。母は因幡(源長時(右馬助)の娘、上西門院女房)あるいは散位隆重の娘。従三位・非参議。子に持明院家隆、宗雲(延暦寺、法印)、宗全(子に信遍(仁和寺、法印) 、仁基(法印権大僧都) )、基保、親保、家時、俊保、家教

系図に登場する人物(5名)