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藤原忠成の系図

藤原忠成(1091−1158)を中心とした家族の系図。父は藤原俊忠。母は藤原敦家の女 (藤原俊忠室)。子に藤原光能、藤原忠成の娘 (徳大寺公能の妾)、藤原忠成の娘 (以仁王の妾・妻)、藤原忠成の娘 (持明院基宗の妻)がいる。

平安時代後期の貴族。正五位下・民部大輔。御子左庶流大炊御門流の祖。子に藤原惟綱(尾張守従五位上)、昌雲(延暦寺、法務、大僧正、妙法院、牛車)、重慶(興福寺、法橋、子に義慶(興福寺、上座) 、玄能(興福寺、上座) )

系図の説明

この系図は藤原忠成を中心とした家族の系図です。藤原忠成は平安時代後期の貴族。正五位下・民部大輔。御子左庶流大炊御門流の祖。子に藤原惟綱(尾張守従五位上)、昌雲(延暦寺、法務、大僧正、妙法院、牛車)、重慶(興福寺、法橋、子に義慶(興福寺、上座) 、玄能(興福寺、上座) )。系図には10名の人物が含まれています。1091年から1175年まで、約84年にわたる系譜です。父は藤原俊忠。母は藤原敦家の女 (藤原俊忠室)。4人の子がいる。

系図の重要ポイント

  • 1
    女性

    系図中には3名の女性が記録されています。

この系図の主要人物

1132年〜1183年

正三位、参議。治承三年の政変で一時解任されるが復位する。

1143年〜1209年

平安時代末期から鎌倉時代初期の下級貴族、鎌倉幕府の文官御家人。源頼朝の側近。正五位下、明法博士、斎院次官、美濃権守、式部大夫、式部大輔、掃部頭、穀倉院別当。鎌倉幕府 公文所寄人、京都守護、公事奉行人、十三人の合議制。子孫は大友氏

1143年〜1225年

日本の平安~鎌倉時代の貴族

1167年〜1230年

平安時代後期から鎌倉時代前期にかけての天台宗の僧。以仁王の次男。天台座主、大僧正、四天王寺別当。

1175年〜1226年

鎌倉時代前期の公卿。持明院基宗の次男。母はあるいは上西門院帥局(昌玄(僧正)の娘、子に持明院基能)。正三位・権中納言。持明院家5代

藤原光能の子、藤原兼光の養子

系図に登場する人物(10名)

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