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難波頼輔の系図
難波頼輔(1112−1186)を中心とした先祖の系図。父は藤原忠教。母は大池成継の娘 (藤原忠教の妻)。子に難波頼経、難波頼輔の娘 (藤原経家室)、藤原顕輔または藤原頼輔の娘 (九条兼実室)がいる。
平安時代後期から末期の公卿・歌人。藤原忠教の四男。蹴鞠の二大流派、難波・飛鳥井両家の祖。難波家2代。従三位、刑部卿
系図の説明
この系図は難波頼輔を中心とした先祖の系図です。難波頼輔は平安時代後期から末期の公卿・歌人。藤原忠教の四男。蹴鞠の二大流派、難波・飛鳥井両家の祖。難波家2代。従三位、刑部卿。系図には5名の人物が含まれています。1042年から1112年まで、約70年にわたる系譜です。父は藤原忠教。母は大池成継の娘 (藤原忠教の妻)。3人の子がいる。
系図の重要ポイント
- 1女性
系図中には2名の女性が記録されています。
この系図の主要人物
1042年〜1101年
平安時代中期~後期の公卿、歌人。藤原頼通の六男。従一位、摂政、関白、太政大臣。藤氏長者。勅撰集『後拾遺和歌集』以下に16首入集。師実流(花山院流)の祖。子に藤原忠長(宮内卿、子に源忠、長智(阿闍梨))
1076年〜1141年
平安時代後期の公卿・歌人。藤原師実の五男。正二位・大納言。難波家の祖・初代。妻に藤原時継(伊勢守)の娘(子に明源(延暦寺、三会已講))。子に藤原基教(子に教範)、教仁(延暦寺、少僧都)、教智(園城寺、少僧都)、寛敒(仁和寺、法眼)