ふしみのみや くにいえしんのう
伏見宮邦家親王
江戸時代から明治初期の日本の皇族。伏見宮20代・23代。伏見宮貞敬親王の長男。式部卿、一品、上野太守
家系図プレビュー
親族情報
- 母
- 入江誠子
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人物要約
伏見宮邦家親王(1802年〜1872年)は、江戸時代から明治初期の日本の皇族。伏見宮20代・23代。伏見宮貞敬親王の長男。式部卿、一品、上野太守。享年70歳。
系図上の位置
伏見宮邦家親王は伏見宮貞敬親王と入江誠子の子である。配偶者は上野寿野、藤木寿子、中村杣、鷹司景子。子に山階宮晃親王、聖護院宮嘉言親王、久邇宮朝彦親王、二条恒子、大谷和子 (東本願寺)ら計17名がいる。
主要な親族
よくある質問
伏見宮邦家親王の父親は誰ですか?
伏見宮邦家親王の父は伏見宮貞敬親王です。
伏見宮貞敬親王の詳細 →伏見宮邦家親王の母親は誰ですか?
伏見宮邦家親王の母は入江誠子です。
入江誠子の詳細 →伏見宮邦家親王の子孫は誰ですか?
伏見宮邦家親王の子には山階宮晃親王、聖護院宮嘉言親王、久邇宮朝彦親王らがいます。さらに詳しい子孫は系図ページでご覧いただけます。
伏見宮邦家親王の子孫系図を見る →伏見宮邦家親王は誰の家系ですか?
伏見宮邦家親王は伏見宮貞敬親王の家系に属します。伏見宮貞敬親王の先祖を辿ることで、より広い家系を確認できます。
伏見宮貞敬親王の先祖を見る →伏見宮邦家親王はいつ生まれましたか?
伏見宮邦家親王は1802年に生まれ、1872年に亡くなりました(享年70歳)。
関連人物
- 伏見宮貞敬親王江戸時代の日本の皇族。伏見宮19代。一品、上野太守、兵部卿。伏見宮邦頼親王の長男。家女に瀧川(子に喜之宮(1810.2.7-1811.12.14、五女、普明院))、花浦(子に陳宮(1811.11.4-1813.3.30、七女、妙解院))、普照院(1806.8.20-23、三男、母は家女)。子に政子女王(1817-、十女、錦織寺宅慈(木辺)の養子、高田瑞泉寺の妻)
- 入江誠子伏見宮貞敬親王の家女房。子に普照院(1806.8.20-23、三男)
- 上野寿野伏見宮邦家親王の家女房
- 藤木寿子伏見宮邦家親王の女房
- 中村杣伏見宮邦家親王の女房
- 鷹司景子日本の江戸時代の皇族
- 山階宮晃親王日本の皇族。伏見宮邦家親王の長男、称伏見宮貞敬親王の八男。実母は家女房。東南院。逐電、復籍。二品。外国事務総督、外国事務局督。山階宮初代
- 聖護院宮嘉言親王幕末の日本の皇族。伏見宮邦家親王の次男。一品・親王。聖護院宮初代。三井長吏、新熊野検校
- 久邇宮朝彦親王日本の江戸時代後期~明治時代後期の皇族。伏見宮邦家親王の四男。母は鳥居小路信子。久邇宮初代
- 二条恒子日本の皇族