ひろはし なかみつ
広橋仲光
南北朝時代から室町時代初期の公卿。従一位、権大納言、大宰権帥。『仲光卿記』。南都伝奏。広橋家6代
家系図プレビュー
親族情報
- 父
- 広橋兼綱
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人物要約
広橋仲光(1342年〜1406年)は、南北朝時代から室町時代初期の公卿。従一位、権大納言、大宰権帥。『仲光卿記』。南都伝奏。広橋家6代。享年64歳。
系図上の位置
広橋仲光は広橋兼綱の子である。子に広橋兼宣、竹屋兼俊がいる。
主要な親族
よくある質問
広橋仲光の父親は誰ですか?
広橋仲光の父は広橋兼綱です。
広橋兼綱の詳細 →広橋仲光の母親は誰ですか?
広橋仲光の母親についての情報は系図データに記録されていません。
広橋仲光の子孫は誰ですか?
広橋仲光の子には広橋兼宣、竹屋兼俊がいます。さらに詳しい子孫は系図ページでご覧いただけます。
広橋仲光の子孫系図を見る →広橋仲光は誰の家系ですか?
広橋仲光は広橋兼綱の家系に属します。広橋兼綱の先祖を辿ることで、より広い家系を確認できます。
広橋兼綱の先祖を見る →広橋仲光はいつ生まれましたか?
広橋仲光は1342年に生まれ、1406年に亡くなりました(享年64歳)。
関連人物
- 広橋兼綱鎌倉時代後期から南北朝時代の公卿。従一位・准大臣、贈左大臣。
- 広橋兼宣南北朝時代から室町時代前期の公卿。従一位・大納言、准大臣、贈内大臣。広橋家7代。子に空覚(早世)、兼暁(興福寺別当、僧正、西大寺別当)、良済(延暦寺。法印大僧正)、周紀(禅、喝食)、光憲(興福寺別当、僧正、清水大安両寺別当)、鏡宝恵照(-1414、景愛寺・建聖院・宝鏡寺住持)、栄山聖芳(-1437、景愛寺・大慈院・宝鏡寺住持)、芳門(大聖寺尼)、季良(嵯峨宝祐院)。養子に宣雅(良雅、興福寺別当)、貞兼(-1448、平貞国(伊勢守)の子、興福寺別当、松林院、僧正)、円兼(山、法印権大僧都、本願寺)
- 竹屋兼俊竹屋家初代。従四位上、右兵衛佐、治部権大輔、右衛門督