水無瀬兼俊
水無瀬家15代。従二位・権中納言。子に兼祐(-1692.3.2、山井、治部大輔、従五位上)、数馬(内藤紀伊守家臣)、通悊(-1680.7.10、建仁寺永源庵)、季具、師氏、長成(仕鷹司家、後住水無瀬)、奥平左衛門(松平隠岐守家臣)の妻(1635-1659.9.11)、白川の妻、石川大和守(松平陸奥守家臣)の妻(1633-1668.10.25)、娘(-1707.1.14、候後水尾院、後候関東大樹称右衛門佐)
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人物要約
水無瀬兼俊(1593年〜1653年)は、水無瀬家15代。従二位・権中納言。子に兼祐(-1692.3.2、山井、治部大輔、従五位上)、数馬(内藤紀伊守家臣)、通悊(-1680.7.10、建仁寺永源庵)、季具、師氏、長成(仕鷹司家、後住水無瀬)、奥平左衛門(松平隠岐守家臣)の妻(1635-1659.9.11)、白川の妻、石川大和守(松平陸奥守家臣)の妻(1633-1668.10.25)、娘(-1707.1.14、候後水尾院、後候関東大樹称右衛門佐)。享年60歳。
系図上の位置
水無瀬兼俊は水無瀬氏成と高倉永相の娘 (水無瀬氏成の妻)の子である。配偶者は福島正則の娘 (水無瀬兼俊の妻)。子に水無瀬氏信、町尻具英、桜井兼里、水無瀬兼俊の娘 (霊瑞院の妻)、水無瀬兼豊ら計6名がいる。
主要な親族
よくある質問
水無瀬兼俊の父親は誰ですか?
水無瀬兼俊の父は水無瀬氏成です。
水無瀬氏成の詳細 →水無瀬兼俊の母親は誰ですか?
水無瀬兼俊の母は高倉永相の娘 (水無瀬氏成の妻)です。
高倉永相の娘 (水無瀬氏成の妻)の詳細 →水無瀬兼俊の子孫は誰ですか?
水無瀬兼俊の子には水無瀬氏信、町尻具英、桜井兼里らがいます。さらに詳しい子孫は系図ページでご覧いただけます。
水無瀬兼俊の子孫系図を見る →水無瀬兼俊は誰の家系ですか?
水無瀬兼俊は水無瀬氏成の家系に属します。水無瀬氏成の先祖を辿ることで、より広い家系を確認できます。
水無瀬氏成の先祖を見る →水無瀬兼俊はいつ生まれましたか?
水無瀬兼俊は1593年に生まれ、1653年に亡くなりました(享年60歳)。
関連人物
- 水無瀬氏成水無瀬家14代。母は阿州足利。正二位・権中納言。出家。子に順応(延暦寺、東叡山、等覚院、権大僧都、覚樹院、羽黒山)、娘(候後陽成院)、娘(候近衛家)、松尾修理の妻、小宰相局、加納十大夫の妻、西郷藤左衛門の妻
- 高倉永相の娘 (水無瀬氏成の妻)
- 福島正則の娘 (水無瀬兼俊の妻)
- 水無瀬氏信水無瀬家16代。正二位・権中納言。子に道栄(1654-1673.7.20、仁、勝宝院、理証院、権律師)、最詮(1673-、西本願寺院家本善寺)、右京局(1669-1691.12.14)。猶子に俊存(醍醐慈心院)
- 町尻具英水無瀬兼俊の次男。町尻家(羽林家)の祖。従四位上、大蔵大輔
- 桜井兼里桜井家初代・山井家。水無瀬兼俊の末子。従四位下、縫殿介
- 水無瀬兼俊の娘 (霊瑞院の妻)
- 水無瀬兼豊町尻家2代、水無瀬家17代。母は福島掃部助の孫。従二位・参議
- 水無瀬則俊