源雅俊
平安時代後期の公卿。源顕房の次男?三男?。正二位権大納言。子に玄雅(興福寺)-公円、進覚(暹覚、延暦寺、法眼)、行雅(仁和寺、浄名院、大納言阿闍梨)、昌雲(仁和寺)
家系図プレビュー
親族情報
- 父
- 源顕房
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人物要約
源雅俊(1063年〜1122年)は、平安時代後期の公卿。源顕房の次男?三男?。正二位権大納言。子に玄雅(興福寺)-公円、進覚(暹覚、延暦寺、法眼)、行雅(仁和寺、浄名院、大納言阿闍梨)、昌雲(仁和寺)。享年59歳。
系図上の位置
源雅俊は源顕房と藤原良任の娘 (源顕房の妻)の子である。配偶者は藤原国明の娘 (源雅俊の妻)、高階業子、備中守為宗の娘 (源雅俊の妻)。子に源顕親、源顕重、源顕俊、源憲俊、源顕定 (源雅俊の子)ら計8名がいる。
主要な親族
よくある質問
源雅俊の父親は誰ですか?
源雅俊の父は源顕房です。
源顕房の詳細 →源雅俊の母親は誰ですか?
源雅俊の母は藤原良任の娘 (源顕房の妻)です。
藤原良任の娘 (源顕房の妻)の詳細 →源雅俊の子孫は誰ですか?
源雅俊の子には源顕親、源顕重、源顕俊らがいます。さらに詳しい子孫は系図ページでご覧いただけます。
源雅俊の子孫系図を見る →源雅俊は誰の家系ですか?
源雅俊は源顕房の家系に属します。源顕房の先祖を辿ることで、より広い家系を確認できます。
源顕房の先祖を見る →源雅俊はいつ生まれましたか?
源雅俊は1063年に生まれ、1122年に亡くなりました(享年59歳)。
関連人物
- 源顕房平安時代後期の公卿・歌人。源師房の次男。従一位・右大臣、贈正一位。妻に式部命婦(藤原信尹(筑前権守)の娘)。子に相覚(1070-1124、法性寺座主、延暦寺、権大僧都、大原僧都)、覚雅(1090-1146.9.24、東大寺、少僧都、小野、三論宗、勝覚弟子)、顕覚(園城寺、法眼、龍花院)、堀河院承香殿、師千、厳勝
- 藤原良任の娘 (源顕房の妻)藤原良任(美濃守)の娘。子に御匣殿
- 藤原国明の娘 (源雅俊の妻)
- 高階業子高階為家の娘、源雅俊の妻、源顕親・顕重・顕俊・俊頼の母、従五位下掌侍、美濃内侍
- 備中守為宗の娘 (源雅俊の妻)備中守為宗(為家)の娘
- 源顕親
- 源顕重右少将、左少将、神祇伯、正四位下
- 源顕俊従四位下、上総介。子に俊兼(光雅、周防守、従四位下)、仲覚(什覚、延暦寺、法眼)
- 源憲俊大弐、右少将、近江守、正四位下
- 源顕定 (源雅俊の子)正四位下、左馬権頭