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源雅俊の系図
源雅俊(1063−1122)を中心とした先祖の系図。父は源顕房。母は藤原良任の娘 (源顕房の妻)。子に源顕親、源顕重、源顕俊、源憲俊、源顕定 (源雅俊の子)、元海、寛雅、行顕がいる。
平安時代後期の公卿。源顕房の次男?三男?。正二位権大納言。子に玄雅(興福寺)-公円、進覚(暹覚、延暦寺、法眼)、行雅(仁和寺、浄名院、大納言阿闍梨)、昌雲(仁和寺)
系図の説明
この系図は源雅俊を中心とした先祖の系図です。源雅俊は平安時代後期の公卿。源顕房の次男?三男?。正二位権大納言。子に玄雅(興福寺)-公円、進覚(暹覚、延暦寺、法眼)、行雅(仁和寺、浄名院、大納言阿闍梨)、昌雲(仁和寺)。系図には6名の人物が含まれています。1003年から1063年まで、約60年にわたる系譜です。父は源顕房。母は藤原良任の娘 (源顕房の妻)。8人の子がいる。
系図の重要ポイント
- 1婚姻
源家と藤原・高階・備中家の婚姻関係が見られます。
- 2女性
系図中には2名の女性が記録されています。
この系図の主要人物
1008年〜1077年
平安時代中期の公卿・歌人。村上源氏中院流の祖。具平親王の長男。従一位・右大臣、左近衛大将、太政大臣。妻に源憲清の娘(子に実覚(1063-1130、少僧都))。養子に源広綱(1048-1108、藤原成国の子)
1026年〜1094年
平安時代後期の公卿・歌人。源師房の次男。従一位・右大臣、贈正一位。妻に式部命婦(藤原信尹(筑前権守)の娘)。子に相覚(1070-1124、法性寺座主、延暦寺、権大僧都、大原僧都)、覚雅(1090-1146.9.24、東大寺、少僧都、小野、三論宗、勝覚弟子)、顕覚(園城寺、法眼、龍花院)、堀河院承香殿、師千、厳勝