藤原範子
平安時代末期から鎌倉時代前期の女官。能円の妻。のち源通親の正室。従三位
家系図プレビュー
親族情報
- 父
- 藤原範兼
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人物要約
藤原範子(1152年〜1200年)は、平安時代末期から鎌倉時代前期の女官。能円の妻。のち源通親の正室。従三位。享年48歳。
系図上の位置
藤原範子は藤原範兼の子である。配偶者は能円、源通親。子に源在子、久我通光、土御門定通、中院通方がいる。
主要な親族
よくある質問
藤原範子の父親は誰ですか?
藤原範子の父は藤原範兼です。
藤原範兼の詳細 →藤原範子の母親は誰ですか?
藤原範子の母親についての情報は系図データに記録されていません。
藤原範子の子孫は誰ですか?
藤原範子の子には源在子、久我通光、土御門定通らがいます。さらに詳しい子孫は系図ページでご覧いただけます。
藤原範子の子孫系図を見る →藤原範子は誰の家系ですか?
藤原範子は藤原範兼の家系に属します。藤原範兼の先祖を辿ることで、より広い家系を確認できます。
藤原範兼の先祖を見る →藤原範子はいつ生まれましたか?
藤原範子は1152年に生まれ、1200年に亡くなりました(享年48歳)。
関連人物
- 藤原範兼平安時代末期の公家。藤原南家貞嗣流。従三位大学頭、刑部卿。藤原能兼の長男。子に藤原俊季、藤原範重、藤原重季、経顕、経兼、藤原家輔の妻
- 能円法勝寺執行
- 源通親平安時代末期~鎌倉時代初期の公卿。源雅通の長男。正二位・内大臣、右大将、東宮傅、贈従一位。久我家4代。勅撰集『千載和歌集』以下に32首入集。子に親縁、雲快、定親(1203-1266)
- 源在子能円女、源通親養女、後鳥羽天皇の妃・女院・後宮。土御門天皇の生母
- 久我通光鎌倉時代前期の公卿・歌人。源通親の三男嫡男。久我家の祖・5代。従一位・太政大臣。子孫は久我家、六条家。子に道朝(仁和寺、権僧正、石山座主)
- 土御門定通1188-1247, 鎌倉時代前期~中期の廷臣、歌人。土御門通親の子。官位は正二位・内大臣。勅撰集『新勅撰和歌集』以下に6首入集。子孫は土御門家(室町時代に断絶)
- 中院通方鎌倉時代前期の公卿、故実家、歌人。源通親の五男。中院家の祖。勅撰集『新勅撰和歌集』以下に10首入集。子孫は中院家、北畠家。大納言。