藤原豪子
藤原俊忠の娘、徳大寺公能室、実定母
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人物要約
藤原豪子は、藤原俊忠の娘、徳大寺公能室、実定母。
系図上の位置
藤原豪子は藤原俊忠の子である。配偶者は徳大寺公能。子に藤原忻子、坊門殿 (徳大寺公能女)、徳大寺実定、藤原多子、藤原実家がいる。
主要な親族
よくある質問
藤原豪子の父親は誰ですか?
藤原豪子の父は藤原俊忠です。
藤原俊忠の詳細 →藤原豪子の母親は誰ですか?
藤原豪子の母親についての情報は系図データに記録されていません。
藤原豪子の子孫は誰ですか?
藤原豪子の子には藤原忻子、坊門殿 (徳大寺公能女)、徳大寺実定らがいます。さらに詳しい子孫は系図ページでご覧いただけます。
藤原豪子の子孫系図を見る →藤原豪子は誰の家系ですか?
藤原豪子は藤原俊忠の家系に属します。藤原俊忠の先祖を辿ることで、より広い家系を確認できます。
藤原俊忠の先祖を見る →関連人物
- 藤原俊忠1073-1123, 平安時代後期の公卿、歌人。藤原忠家の次男。官位は従三位・権中納言。家集『俊忠集』。勅撰集『金葉和歌集』以下に29首入集
- 徳大寺公能平安時代後期の公卿、歌人。徳大寺実能の長男。正二位・右大臣。勅撰集『詞花和歌集』以下に33首入集。徳大寺家2代
- 藤原忻子平安時代末期の后妃。徳大寺公能女、後白河天皇中宮
- 坊門殿 (徳大寺公能女)後白河天皇宮人、惇子内親王母
- 徳大寺実定平安時代後期から鎌倉時代初期にかけての公卿・歌人 (1139–1192)
- 藤原多子1140-1201, 平安時代末期の后妃。藤原公能の娘、頼長の養女。近衛天皇の皇后、次いで二条天皇の后となり「二代の后」と呼ばれた。勅撰集『千載和歌集』『玉葉和歌集』に2首入集
- 藤原実家平安時代後期から鎌倉時代初期の公卿・歌人。藤原北家閑院流徳大寺家、徳大寺公能の次男。正二位・大納言。子に公仙、公仁、娘