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藤原豪子の系図

藤原豪子を中心とした子孫の系図。父は藤原俊忠。子に藤原忻子、坊門殿 (徳大寺公能女)、徳大寺実定、藤原多子、藤原実家がいる。

藤原俊忠の娘、徳大寺公能室、実定母

系図の説明

この系図は藤原豪子を中心とした子孫の系図です。藤原豪子は藤原俊忠の娘、徳大寺公能室、実定母。系図には10名の人物が含まれています。1121年から1175年まで、約54年にわたる系譜です。父は藤原俊忠。5人の子がいる。

系図の重要ポイント

  • 1
    婚姻

    藤原家と徳大家の婚姻関係が見られます。

  • 2
    女性

    系図中には6名の女性が記録されています。

この系図の主要人物

1134年〜1209年

平安時代末期の后妃。徳大寺公能女、後白河天皇中宮

1139年〜1192年

平安時代後期から鎌倉時代初期にかけての公卿・歌人 (1139–1192)

1140年〜1202年

1140-1201, 平安時代末期の后妃。藤原公能の娘、頼長の養女。近衛天皇の皇后、次いで二条天皇の后となり「二代の后」と呼ばれた。勅撰集『千載和歌集』『玉葉和歌集』に2首入集

1145年〜1193年

平安時代後期から鎌倉時代初期の公卿・歌人。藤原北家閑院流徳大寺家、徳大寺公能の次男。正二位・大納言。子に公仙、公仁、娘

1158年〜1172年

平安時代末期の皇族

1163年〜1218年

藤原実家の長男。正二位・権大納言、左中将。出家。子に実遠、実広、実仲(子に公隆(子に実秀、実円、実仙)、公澄)、実春(子に公春-実員、娘)、実深(醍醐座主、報恩院、蓮蔵院)

1175年〜1227年

平安時代末期から鎌倉時代前期の公卿。従一位・左大臣。『宮槐記』。勅撰集『新古今和歌集』以下に17首入集。徳大寺家4代

後白河天皇宮人、惇子内親王母

系図に登場する人物(10名)

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