源顕仲の系図
源顕仲(1058−1138)を中心とした先祖の系図。父は源顕房。母は藤原定成の娘 (源顕房の妻)。子に源有房 (源顕仲の子)、源仲房、源忠季、俊堯、待賢門院堀河、上西門院兵衛、源顕仲の娘 (源雅光の妻)がいる。
平安時代後期の公卿・歌人。従三位・神祇伯、非参議、加賀権守。子に覚豪(延暦寺、法印大僧都)、顕意(仁和寺、阿闍梨)、顕観(園城寺、阿闍梨) 、覚仲(園城寺、阿闍梨)、仁暁(園城寺、阿闍梨)、顕玄(興福寺)、散位重通の妾(金詞作者)、大夫典侍(金作者)、待賢門院兵衛(金作者)
系図の説明
この系図は源顕仲を中心とした先祖の系図です。源顕仲は平安時代後期の公卿・歌人。従三位・神祇伯、非参議、加賀権守。子に覚豪(延暦寺、法印大僧都)、顕意(仁和寺、阿闍梨)、顕観(園城寺、阿闍梨) 、覚仲(園城寺、阿闍梨)、仁暁(園城寺、阿闍梨)、顕玄(興福寺)、散位重通の妾(金詞作者)、大夫典侍(金作者)、待賢門院兵衛(金作者)。系図には6名の人物が含まれています。1003年から1058年まで、約55年にわたる系譜です。父は源顕房。母は藤原定成の娘 (源顕房の妻)。7人の子がいる。
系図の重要ポイント
- 1女性
系図中には2名の女性が記録されています。
この系図の主要人物
1008年〜1077年
平安時代中期の公卿・歌人。村上源氏中院流の祖。具平親王の長男。従一位・右大臣、左近衛大将、太政大臣。妻に源憲清の娘(子に実覚(1063-1130、少僧都))。養子に源広綱(1048-1108、藤原成国の子)
1026年〜1094年
平安時代後期の公卿・歌人。源師房の次男。従一位・右大臣、贈正一位。妻に式部命婦(藤原信尹(筑前権守)の娘)。子に相覚(1070-1124、法性寺座主、延暦寺、権大僧都、大原僧都)、覚雅(1090-1146.9.24、東大寺、少僧都、小野、三論宗、勝覚弟子)、顕覚(園城寺、法眼、龍花院)、堀河院承香殿、師千、厳勝