系図rekizu
深さ 2
Mini Map
金色ボタンで子孫を展開
クリックで血脈ハイライト ・ ↗で詳細ページ

藤原定長の系図

藤原定長(1149−1195)を中心とした先祖の系図。父は藤原光房。母は藤原為忠の娘 (藤原光房の妻のち藤原教宗の妻)。子に藤原清長がいる。

日本の鎌倉時代の公家、正三位・参議

系図の説明

この系図は藤原定長を中心とした先祖の系図です。藤原定長は日本の鎌倉時代の公家、正三位・参議。系図には5名の人物が含まれています。1070年から1149年まで、約79年にわたる系譜です。父は藤原光房。母は藤原為忠の娘 (藤原光房の妻のち藤原教宗の妻)。1人の子がいる。

系図の重要ポイント

  • 1
    婚姻

    藤原家と平家の婚姻関係が見られます。

  • 2
    女性

    系図中には1名の女性が記録されています。

この系図の主要人物

1070年〜1130年

平安時代後期の公卿。藤原北家勧修寺流甘露寺家6代。吉田家・甘露寺家・坊城家・万里小路家の祖。藤原為房の長男。従三位・参議。日記『永昌記』

1095年〜1136年

平安時代後期の貴族・歌人。正四位下、木工権頭、安芸守・三河守・丹後守。子に兼豪(1119-1189.2.9、兼毫、仁和寺、相承院、三河法印、法印大僧都)、忠宴(延暦寺、阿闍梨)、昌忠(延暦寺、阿闍梨)

1109年〜1154年

平安時代後期の貴族。甘露寺家7代。藤原為隆の三男。正四位下・権右中弁

藤原光房の妻。のち藤原教宗の妻(子に基保(子に忠泰(正五位下)、範保(蔵、正五位下、左馬助、子に範綱(後鳥羽院上北面)、光保(子に保世-忠成、茂保(蔵、従五位下)、教縁(仁和寺、法印)、二条局))、忠長(正五位下、越前守、後鳥羽院上北面)、宗基(蔵、正五位下、淡路守、子に宗有(従五位下、越中守)、宗広(従五位上、後深草院上北面、子に宗賀、娘)、宗賢(法印))、宗綱、宗清、娘、娘))

系図に登場する人物(5名)

藤原定長の系図 | 系図 rekizu | 系図 rekizu