系図rekizu
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藤原知信の系図

藤原知信を中心とした子孫の系図。父は藤原知綱。子に藤原為忠がいる。

検非違使、左衛門尉

系図の説明

この系図は藤原知信を中心とした子孫の系図です。藤原知信は検非違使、左衛門尉。系図には9名の人物が含まれています。1095年から1118年まで、約23年にわたる系譜です。父は藤原知綱。1人の子がいる。

系図の重要ポイント

  • 1
    女性

    系図中には4名の女性が記録されています。

この系図の主要人物

1095年〜1136年

平安時代後期の貴族・歌人。正四位下、木工権頭、安芸守・三河守・丹後守。子に兼豪(1119-1189.2.9、兼毫、仁和寺、相承院、三河法印、法印大僧都)、忠宴(延暦寺、阿闍梨)、昌忠(延暦寺、阿闍梨)

1114年〜1144年

1113?-1187?, 平安時代末期の僧、貴族、歌人。藤原為忠の子。官位は従五位上・皇后宮大進・加賀守。勅撰集『千載和歌集』以下に5首入集

1115年〜1145年

平安時代末期の官人・歌人・僧侶

1118年〜1148年

1118-?, 平安時代末期の官人、歌人。「じゃくねん」ともよむ。俗名は藤原頼業。勅撰集『千載和歌集』以下に47首入集

藤原光房の妻。のち藤原教宗の妻(子に基保(子に忠泰(正五位下)、範保(蔵、正五位下、左馬助、子に範綱(後鳥羽院上北面)、光保(子に保世-忠成、茂保(蔵、従五位下)、教縁(仁和寺、法印)、二条局))、忠長(正五位下、越前守、後鳥羽院上北面)、宗基(蔵、正五位下、淡路守、子に宗有(従五位下、越中守)、宗広(従五位上、後深草院上北面、子に宗賀、娘)、宗賢(法印))、宗綱、宗清、娘、娘))

系図に登場する人物(9名)

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