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藤原育子の系図

藤原育子(1146−1173)を中心とした先祖の系図。父は藤原忠通。母は源俊子 (源顕俊の娘)。

二条天皇中宮、六条天皇養母、実は徳大寺実能の娘の説あり、母は源俊子(源顕俊の娘)

系図の説明

この系図は藤原育子を中心とした先祖の系図です。藤原育子は二条天皇中宮、六条天皇養母、実は徳大寺実能の娘の説あり、母は源俊子(源顕俊の娘)。系図には9名の人物が含まれています。1053年から1146年まで、約93年にわたる系譜です。父は藤原忠通。母は源俊子 (源顕俊の娘)。

系図の重要ポイント

  • 1
    婚姻

    藤原家と二条家の婚姻関係が見られます。

  • 2
    女性

    系図中には4名の女性が記録されています。

この系図の主要人物

1053年〜1107年

平安時代の後期の公卿、歌人。藤原実季の長男。正二位・権大納言。堀河天皇の近臣。『堀川院御時百首和歌』に出詠。勅撰集『後拾遺和歌集』以下に57首入集。家集『公実集』。

1060年〜1121年

平安時代後期の女官。藤原公実の側妾。従二位。

1070年〜1148年

源顕房女、白河天皇の妃、後に藤原忠実室

1078年〜1162年

平安時代後期から末期の公卿。藤原北家御堂流。藤原師通の長男。従一位、摂政、関白、太政大臣、准三宮。『殿暦』。妾に中宮信濃(子に御匣殿(-1149))。藤氏長者。

1096年〜1157年

平安時代後期の公卿 (1096–1157)

1097年〜1164年

平安時代後期から末期の公卿・歌人

従四位下、上総介。子に俊兼(光雅、周防守、従四位下)、仲覚(什覚、延暦寺、法眼)

系図に登場する人物(9名)

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