いちじょう かねよし
一条兼良
室町時代前期から後期の公卿・古典学者。一条経嗣の六男。従一位・摂政、関白、太政大臣、准三宮。一条家8代。妻に家女房(子に光智、恵助(1450-1477、相応院))。子に十真院尊好尼
家系図プレビュー
親族情報
- 父
- 一条経嗣
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人物要約
一条兼良(1402年〜1481年)は、室町時代前期から後期の公卿・古典学者。一条経嗣の六男。従一位・摂政、関白、太政大臣、准三宮。一条家8代。妻に家女房(子に光智、恵助(1450-1477、相応院))。子に十真院尊好尼。享年79歳。
系図上の位置
一条兼良は一条経嗣と東坊城秀長の娘 (一条経嗣の妻)の子である。配偶者は権中納言局 (町顕郷の娘)、小林寺殿。子に一条教房、教賢、尋尊、良鎮、一条経子ら計8名がいる。
主要な親族
よくある質問
一条兼良の父親は誰ですか?
一条兼良の父は一条経嗣です。
一条経嗣の詳細 →一条兼良の母親は誰ですか?
一条兼良の母は東坊城秀長の娘 (一条経嗣の妻)です。
東坊城秀長の娘 (一条経嗣の妻)の詳細 →一条兼良の子孫は誰ですか?
一条兼良の子には一条教房、教賢、尋尊らがいます。さらに詳しい子孫は系図ページでご覧いただけます。
一条兼良の子孫系図を見る →一条兼良は誰の家系ですか?
一条兼良は一条経嗣の家系に属します。一条経嗣の先祖を辿ることで、より広い家系を確認できます。
一条経嗣の先祖を見る →一条兼良はいつ生まれましたか?
一条兼良は1402年に生まれ、1481年に亡くなりました(享年79歳)。
関連人物
- 一条経嗣南北朝時代~室町時代前期の公卿。二条良基の三男、一条経通の養子。従一位・関白、左大臣。日記『荒暦』。勅撰集『新後拾遺和歌集』以下に10首入集。一条家7代。子に良什(-1460、天台座主156世、母は家女房、准三宮、曼珠院、良順大僧正附弟)、義玄(1411-1431?1441?、大僧正、母は家女房)
- 東坊城秀長の娘 (一条経嗣の妻)子に良済、祐厳。
- 権中納言局 (町顕郷の娘)一条兼良の妻?妾?。子に政尊(1465-1481、大僧都、円満院)
- 小林寺殿一条兼良の正室。子に尊秀(八幡一条院尼)、厳宝(-1481、大僧正法務東大寺別当准后、醍醐寺、随心院、東寺一長者)、秀高、桓澄(1442-1471、権僧正)、慈養、了高、梅津是心院
- 一条教房日本の室町時代後期から戦国時代の公卿。一条家9代。一条兼良の長男
- 教賢宝池院権僧正。
- 尋尊室町時代中期から戦国時代にかけての奈良興福寺の僧
- 良鎮大僧正北野別当。延暦寺。曼珠院
- 一条経子従三位。鷹司政平の北政所。母は大納言局(源康俊の娘、子に秀賢(1453-)、尊好(1458-)、宗方)
- 一条冬良室町時代後期~戦国時代の公卿。一条兼良の二十三男。従一位・太政大臣。関白。一条家10代。藤氏長者