よりひと しんのう
有栖川宮職仁親王
江戸時代の皇族。有栖川宮5代。霊元天皇の十七男。有栖川流書道を創始。中務卿、一品。一本、牛車
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親族情報
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人物要約
有栖川宮職仁親王(1713年〜1769年)は、江戸時代の皇族。有栖川宮5代。霊元天皇の十七男。有栖川流書道を創始。中務卿、一品。一本、牛車。享年56歳。
系図上の位置
有栖川宮職仁親王は霊元天皇と松室敦子の子である。配偶者は二条淳子、越前 (有栖川宮職仁親王の家女房)、菖蒲小路 (有栖川宮職仁親王の家女房)。子に有栖川宮織仁親王、音仁親王、叡仁入道親王、覚仁入道親王、増賞入道親王ら計9名がいる。
主要な親族
よくある質問
有栖川宮職仁親王の父親は誰ですか?
有栖川宮職仁親王の父は霊元天皇です。
霊元天皇の詳細 →有栖川宮職仁親王の母親は誰ですか?
有栖川宮職仁親王の母は松室敦子です。
松室敦子の詳細 →有栖川宮職仁親王の子孫は誰ですか?
有栖川宮職仁親王の子には有栖川宮織仁親王、音仁親王、叡仁入道親王らがいます。さらに詳しい子孫は系図ページでご覧いただけます。
有栖川宮職仁親王の子孫系図を見る →有栖川宮職仁親王は誰の家系ですか?
有栖川宮職仁親王は霊元天皇の家系に属します。霊元天皇の先祖を辿ることで、より広い家系を確認できます。
霊元天皇の先祖を見る →有栖川宮職仁親王はいつ生まれましたか?
有栖川宮職仁親王は1713年に生まれ、1769年に亡くなりました(享年56歳)。
関連人物
- 霊元天皇日本の第112代天皇
- 松室敦子江戸時代の女性。父は松室重敦(非蔵人)。霊元天皇の後宮
- 二条淳子有栖川宮職仁親王の妃
- 越前 (有栖川宮職仁親王の家女房)子に律宮(1737.10.3-1744.10.9、五男、新涼月院)
- 菖蒲小路 (有栖川宮職仁親王の家女房)後藤左一郎の娘。子に職子女王(1745.10.19-1787.1.31、長女、徳川重倫と婚約のち離縁、於佐宮、長宮、愛宮、霊照院)
- 有栖川宮織仁親王日本の江戸時代の皇族。職仁親王の七男。有栖川宮6代。家女房に八重嶋(山村則宴(右衛門尉)の娘、子に高貴宮(1776.5.10-1777.3.5、長男、尊勝院))
- 音仁親王有栖川宮職仁親王の長男。一品、常陸太守、弾正尹
- 叡仁入道親王有栖川宮職仁親王の次男。三千院。梶井
- 覚仁入道親王有栖川宮職仁親王の三男。一品、仁和寺
- 増賞入道親王有栖川宮職仁親王の四男。二品、牛車、実相院、聖護院。至誠心院