有栖川宮織仁親王
日本の江戸時代の皇族。職仁親王の七男。有栖川宮6代。家女房に八重嶋(山村則宴(右衛門尉)の娘、子に高貴宮(1776.5.10-1777.3.5、長男、尊勝院))
家系図プレビュー
親族情報
この人物をもっと探す
有名人物とのつながりを探す
人物要約
有栖川宮織仁親王(1754年〜1820年)は、日本の江戸時代の皇族。職仁親王の七男。有栖川宮6代。家女房に八重嶋(山村則宴(右衛門尉)の娘、子に高貴宮(1776.5.10-1777.3.5、長男、尊勝院))。享年66歳。
系図上の位置
有栖川宮織仁親王は有栖川宮職仁親王と菖蒲小路 (有栖川宮職仁親王の家女房)の子である。配偶者は鷹司富子、常盤木 (有栖川宮織仁親王の家女房)、千坂 (有栖川宮織仁親王の家女房)。子に有栖川宮韶仁親王、尊超入道親王、有栖川宮喬子女王、吉子女王、浅野斉賢ら計13名がいる。
主要な親族
よくある質問
有栖川宮織仁親王の父親は誰ですか?
有栖川宮織仁親王の父は有栖川宮職仁親王です。
有栖川宮職仁親王の詳細 →有栖川宮織仁親王の母親は誰ですか?
有栖川宮織仁親王の母は菖蒲小路 (有栖川宮職仁親王の家女房)です。
菖蒲小路 (有栖川宮職仁親王の家女房)の詳細 →有栖川宮織仁親王の子孫は誰ですか?
有栖川宮織仁親王の子には有栖川宮韶仁親王、尊超入道親王、有栖川宮喬子女王らがいます。さらに詳しい子孫は系図ページでご覧いただけます。
有栖川宮織仁親王の子孫系図を見る →有栖川宮織仁親王は誰の家系ですか?
有栖川宮織仁親王は有栖川宮職仁親王の家系に属します。有栖川宮職仁親王の先祖を辿ることで、より広い家系を確認できます。
有栖川宮職仁親王の先祖を見る →有栖川宮織仁親王はいつ生まれましたか?
有栖川宮織仁親王は1754年に生まれ、1820年に亡くなりました(享年66歳)。
関連人物
- 有栖川宮職仁親王江戸時代の皇族。有栖川宮5代。霊元天皇の十七男。有栖川流書道を創始。中務卿、一品。一本、牛車
- 菖蒲小路 (有栖川宮職仁親王の家女房)後藤左一郎の娘。子に職子女王(1745.10.19-1787.1.31、長女、徳川重倫と婚約のち離縁、於佐宮、長宮、愛宮、霊照院)
- 鷹司富子徳川治興の婚約者。有栖川宮織仁親王の妃
- 常盤木 (有栖川宮織仁親王の家女房)村井頼母の娘。尾崎積興(京極家諸大夫、縫殿頭)の猶子。平松時章の猶子。有栖川宮織仁親王の家女房・側室。上臈次座。従三位
- 千坂 (有栖川宮織仁親王の家女房)子に繁宮(1789.12.2-1791.1.28、四女、万寿宮、香海院、広清院)、尊照栄暉女王(1793.1.27-1845.6.16、六女、千鶴宮、中宮寺、慈信院)、弥宮(1795.10.17-1796.2.15、九女、彌宮、華陽院)
- 有栖川宮韶仁親王日本の江戸時代の皇族。有栖川宮7代。二品、中務卿、上総太守
- 尊超入道親王江戸時代後期の皇族。有栖川宮織仁親王の八男
- 有栖川宮喬子女王徳川家慶の正室(御台所・夫人)。有栖川宮織仁親王の六女?八女?。従三位、贈従一位。子に竹千代(1813.11.22-1814、長男)、儔姫(1815.3.17-1815、次女)、最玄院(1816.12.11-1816、三女)
- 吉子女王日本の皇族。織仁親王の十二女末娘。徳川斉昭の正室・御簾中。子に二郎麿(1833.1.4-1834.9.8、次男、次郎麿、二郎麻呂)、以以姫(1835、五女、唯姫、早世)
- 浅野斉賢安芸広島藩8代藩主。浅野家23代。浅野重晟の次男・嫡子。従四位下左近衛権少将、安芸守