有栖川宮韶仁親王
日本の江戸時代の皇族。有栖川宮7代。二品、中務卿、上総太守
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人物要約
有栖川宮韶仁親王(1785年〜1845年)は、日本の江戸時代の皇族。有栖川宮7代。二品、中務卿、上総太守。享年60歳。
系図上の位置
有栖川宮韶仁親王は有栖川宮織仁親王と常盤木 (有栖川宮織仁親王の家女房)の子である。配偶者は閑院宮宣子女王、円明院 (有栖川宮韶仁親王の家女房)。子に有栖川宮幟仁親王、西園寺公潔、慈性入道親王、公紹入道親王がいる。
主要な親族
よくある質問
有栖川宮韶仁親王の父親は誰ですか?
有栖川宮韶仁親王の父は有栖川宮織仁親王です。
有栖川宮織仁親王の詳細 →有栖川宮韶仁親王の母親は誰ですか?
有栖川宮韶仁親王の母は常盤木 (有栖川宮織仁親王の家女房)です。
常盤木 (有栖川宮織仁親王の家女房)の詳細 →有栖川宮韶仁親王の子孫は誰ですか?
有栖川宮韶仁親王の子には有栖川宮幟仁親王、西園寺公潔、慈性入道親王らがいます。さらに詳しい子孫は系図ページでご覧いただけます。
有栖川宮韶仁親王の子孫系図を見る →有栖川宮韶仁親王は誰の家系ですか?
有栖川宮韶仁親王は有栖川宮織仁親王の家系に属します。有栖川宮織仁親王の先祖を辿ることで、より広い家系を確認できます。
有栖川宮織仁親王の先祖を見る →有栖川宮韶仁親王はいつ生まれましたか?
有栖川宮韶仁親王は1785年に生まれ、1845年に亡くなりました(享年60歳)。
関連人物
- 有栖川宮織仁親王日本の江戸時代の皇族。職仁親王の七男。有栖川宮6代。家女房に八重嶋(山村則宴(右衛門尉)の娘、子に高貴宮(1776.5.10-1777.3.5、長男、尊勝院))
- 常盤木 (有栖川宮織仁親王の家女房)村井頼母の娘。尾崎積興(京極家諸大夫、縫殿頭)の猶子。平松時章の猶子。有栖川宮織仁親王の家女房・側室。上臈次座。従三位
- 閑院宮宣子女王閑院宮美仁親王の五女。母は信楽院(女房・家女、少将、子に冨宮(1799.1.4-1802.9.4、三男、富宮、曼殊院、真無漏院))。有栖川宮韶仁親王の妃・御息所
- 円明院 (有栖川宮韶仁親王の家女房)島岡造酒の娘。豊島勝文(民部権少輔)の養子。有栖川宮韶仁親王の家女房。子に万宮(1809.8.24-1810.8.7、長女、香蓮院)
- 有栖川宮幟仁親王幕末・明治期の日本の皇族、書家(有栖川流)。神祇事務総督、神祇事務局督、神道教導職総裁、皇典講究所総裁。有栖川宮韶仁親王の長男。中務卿。(1812 - 1886)
- 西園寺公潔日本の江戸時代の皇族
- 慈性入道親王有栖川宮韶仁親王の次男。大覚寺、輪王寺
- 公紹入道親王有栖川宮韶仁親王の三男。一品。輪王寺