とういん きんかた
洞院公賢
日本の公卿 (1291–1360)
家系図プレビュー
親族情報
- 父
- 洞院実泰
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人物要約
洞院公賢(1291年〜1360年)は、日本の公卿 (1291–1360)。享年69歳。
系図上の位置
洞院公賢は洞院実泰と小倉季子 (洞院実泰の妻)の子である。配偶者は粟田光子、小倉実教の娘 (洞院公賢の妻)、高倉局、西華門院中納言局、嘉暦前坊少将局。子に洞院実夏、洞院実世、正音、洞院綸子、洞院吉子ら計9名がいる。
主要な親族
よくある質問
洞院公賢の父親は誰ですか?
洞院公賢の父は洞院実泰です。
洞院実泰の詳細 →洞院公賢の母親は誰ですか?
洞院公賢の母は小倉季子 (洞院実泰の妻)です。
小倉季子 (洞院実泰の妻)の詳細 →洞院公賢の子孫は誰ですか?
洞院公賢の子には洞院実夏、洞院実世、正音らがいます。さらに詳しい子孫は系図ページでご覧いただけます。
洞院公賢の子孫系図を見る →洞院公賢は誰の家系ですか?
洞院公賢は洞院実泰の家系に属します。洞院実泰の先祖を辿ることで、より広い家系を確認できます。
洞院実泰の先祖を見る →洞院公賢はいつ生まれましたか?
洞院公賢は1291年に生まれ、1360年に亡くなりました(享年69歳)。
関連人物
- 洞院実泰鎌倉時代後期の公卿。洞院家3代。洞院公守の長男。従一位・左大臣。勅撰集『新後撰和歌集』以下に53首入集
- 小倉季子 (洞院実泰の妻)小倉公雄の三女。従一位。子に慈厳(1298-1359、延暦寺、天台座主、曼殊院門跡、竹中護持、北野別当、法務大僧正、一身阿闍梨、戒師、二品、輦車)
- 粟田光子従三位。子に慈守(北野別当、曼殊院、法印、大僧都)、実縁(大僧都、東門院)
- 小倉実教の娘 (洞院公賢の妻)子に桓恵(大僧正、実乗院、岡崎)
- 高倉局洞院公賢の妻・家女房。子に慈昭(-1376.3.27、曼殊院門跡、延暦寺、北野別当、法性寺座主、僧正、一身阿闍梨)、杲守(仁和寺、石山座主、成就院、僧正、太政大臣僧正)、尋源(権僧正、石泉院)、頴弁(栂尾、住高山寺北坊)、示境(1348-1448.2.15、示鏡、教僧、蘆山寺明道上人資、二尊院十一世、弁空上人)
- 西華門院中納言局参議親世の娘。洞院公賢の妻・家女房。子に慈宗(法印権大僧都、崇実)、桓忠(延暦寺、日吉権別当、実乗院、権僧正)、守快(-1405.7.5、仁和寺、成就院、僧正)、理融(比丘尼、播州安養院)
- 嘉暦前坊少将局子に境空(-1394.5.7、二尊院九世、上人、遺迎院竹林寺)
- 洞院実夏南北朝時代の公卿。洞院公賢の次男。従一位・内大臣(北朝)。洞院家5代
- 洞院実世鎌倉時代後期から南北朝時代の公卿。洞院公賢の長男。母は家女房。正二位・権中納言。従一位・左大臣(南朝)。南朝の重鎮、公家大将。子に尊悟(比丘尼)
- 正音子に実敦(侍従、法華堂)