源雅兼
平安時代後期の公卿。村上源氏。源顕房の八男。従三位・権中納言。子に果海(豪海、金剛王院、大僧都、蓮華院)
家系図プレビュー
親族情報
- 父
- 源顕房
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人物要約
源雅兼(1079年〜1143年)は、平安時代後期の公卿。村上源氏。源顕房の八男。従三位・権中納言。子に果海(豪海、金剛王院、大僧都、蓮華院)。享年64歳。
系図上の位置
源雅兼は源顕房の子である。配偶者は大納言源能俊の娘 (源雅兼の妻)、源忠宗の娘 (源雅兼室)、藤原季成の娘 (源雅兼の妻)。子に源定房、源雅頼、源通能、源雅兼の娘 (藤原俊盛室)、源雅範ら計9名がいる。
主要な親族
よくある質問
源雅兼の父親は誰ですか?
源雅兼の父は源顕房です。
源顕房の詳細 →源雅兼の母親は誰ですか?
源雅兼の母親についての情報は系図データに記録されていません。
源雅兼の子孫は誰ですか?
源雅兼の子には源定房、源雅頼、源通能らがいます。さらに詳しい子孫は系図ページでご覧いただけます。
源雅兼の子孫系図を見る →源雅兼は誰の家系ですか?
源雅兼は源顕房の家系に属します。源顕房の先祖を辿ることで、より広い家系を確認できます。
源顕房の先祖を見る →源雅兼はいつ生まれましたか?
源雅兼は1079年に生まれ、1143年に亡くなりました(享年64歳)。
関連人物
- 源顕房平安時代後期の公卿・歌人。源師房の次男。従一位・右大臣、贈正一位。妻に式部命婦(藤原信尹(筑前権守)の娘)。子に相覚(1070-1124、法性寺座主、延暦寺、権大僧都、大原僧都)、覚雅(1090-1146.9.24、東大寺、少僧都、小野、三論宗、勝覚弟子)、顕覚(園城寺、法眼、龍花院)、堀河院承香殿、師千、厳勝
- 大納言源能俊の娘 (源雅兼の妻)
- 源忠宗の娘 (源雅兼室)
- 藤原季成の娘 (源雅兼の妻)子に源雅成(加賀権守、従五位下)
- 源定房平安時代後期の公卿・歌人・能書家。村上源氏顕房流。源雅兼の四男。従二位、権大納言。
- 源雅頼日本の平安時代の公家、歌人
- 源通能
- 源雅兼の娘 (藤原俊盛室)
- 源雅範隠岐守、兵部権少輔、従四位下
- 源雅綱木工頭、従四位上、右中弁。子に最雅(延暦寺、阿闍梨)、晴雅(園城寺、権律師)、雅経(延暦寺、阿闍梨)