鷹司富子
徳川治興の婚約者。有栖川宮織仁親王の妃
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人物要約
鷹司富子(1763年〜1804年)は、徳川治興の婚約者。有栖川宮織仁親王の妃。享年41歳。
系図上の位置
鷹司富子は鷹司輔平と毛利佐代の子である。配偶者は有栖川宮織仁親王。子に有栖川宮織子女王、有栖川宮幸子女王 (毛利斉房の正室)がいる。
主要な親族
よくある質問
鷹司富子の父親は誰ですか?
鷹司富子の父は鷹司輔平です。
鷹司輔平の詳細 →鷹司富子の母親は誰ですか?
鷹司富子の母は毛利佐代です。
毛利佐代の詳細 →鷹司富子の子孫は誰ですか?
鷹司富子の子には有栖川宮織子女王、有栖川宮幸子女王 (毛利斉房の正室)がいます。さらに詳しい子孫は系図ページでご覧いただけます。
鷹司富子の子孫系図を見る →鷹司富子は誰の家系ですか?
鷹司富子は鷹司輔平の家系に属します。鷹司輔平の先祖を辿ることで、より広い家系を確認できます。
鷹司輔平の先祖を見る →鷹司富子はいつ生まれましたか?
鷹司富子は1763年に生まれ、1804年に亡くなりました(享年41歳)。
関連人物
- 鷹司輔平江戸時代中期の公家。藤氏長者。従一位、関白。直仁親王の末子四男。鷹司家当主。出家。妻に家女房(子に隆範(1773.7.1-1829.10.18、興福寺別当、大乗院門主、操君、円満院、大僧正、光明寺)、覚尊(1784.12.24-1832.10.23、東大寺別当、勧修寺門主、尊深、本君、蓮華光院、大僧正、即成就院))
- 毛利佐代鷹司輔平の正室。贈従三位
- 有栖川宮織仁親王日本の江戸時代の皇族。職仁親王の七男。有栖川宮6代。家女房に八重嶋(山村則宴(右衛門尉)の娘、子に高貴宮(1776.5.10-1777.3.5、長男、尊勝院))
- 有栖川宮織子女王有栖川宮織仁親王の長女。浅野斉賢の正室
- 有栖川宮幸子女王 (毛利斉房の正室)有栖川宮織仁親王の次女。毛利斉房の正室