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平親範の娘 (吉田定経室)の系図
平親範の娘 (吉田定経室)を中心とした子孫の系図。父は平親範。子に吉田資経がいる。
系図の説明
この系図は平親範の娘 (吉田定経室)を中心とした子孫の系図です。系図には6名の人物が含まれています。1181年から1225年まで、約44年にわたる系譜です。父は平親範。1人の子がいる。
系図の重要ポイント
- 1婚姻
平家と吉田家の婚姻関係が見られます。
- 2女性
系図中には2名の女性が記録されています。
この系図の主要人物
1181年〜1251年
鎌倉時代前期から中期の公卿。甘露寺家10代。吉田定経の長男。正三位・参議。『平家物語』の作者?。子に吉田高経(1215-1282、三男、子に禅俊(仁和寺、阿闍梨)、経澄(延暦寺、阿闍梨)、経顕(若狭守、正五下)、憲経(若狭守、正五下)、為忠(民部大輔)、経有-経全(経金、延暦寺))、吉田資継(五男、蔵人、従四下、備中守、治部権大輔)、経海(母は神崎遊女、寺、山、僧正)、経尊(子に経賀)、
1214年〜1276年
鎌倉時代前期から中期の公卿。吉田資経の次男。正二位・中納言。後嵯峨上皇の側近。子孫は坊城家・中御門家。子に吉田俊氏(子に定親、経持、定朝、定快(法印、権大僧都)、経円(法印、権大僧都))、吉田俊方(近江守、正五位下)、 為定(刑部卿)、経誉(興福寺別当、権僧正)、中納言貞平の妻、藤原忠雄の妻