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足利義兼の系図

足利義兼(1154−1199)を中心とした家族の系図。父は源義康。母は藤原範忠の娘 (足利義康の正室)。子に足利義純、桃井義助、足利義氏 (足利家3代目当主)、足利義兼の娘 (藤原親兼の室)がいる。

平安時代末期から鎌倉時代前期の武将・御家人。足利宗家2代。足利荘下司職、八条院蔵人、兵衛尉、上総介、従四位下。子に野田朝氏(熱田大宮司)の妻、園田成実の妻。

系図の説明

この系図は足利義兼を中心とした家族の系図です。足利義兼は平安時代末期から鎌倉時代前期の武将・御家人。足利宗家2代。足利荘下司職、八条院蔵人、兵衛尉、上総介、従四位下。子に野田朝氏(熱田大宮司)の妻、園田成実の妻。。系図には15名の人物が含まれています。1154年から1216年まで、約62年にわたる系譜です。父は源義康。母は藤原範忠の娘 (足利義康の正室)。4人の子がいる。

系図の重要ポイント

  • 1
    婚姻

    足利家と北条家の婚姻関係が見られます。

  • 2
    女性

    系図中には4名の女性が記録されています。

この系図の主要人物

1175年〜1210年

鎌倉時代初期の足利一族の武将、義兼の庶長子

1189年〜1255年

日本の鎌倉時代の武士・武将。鎌倉幕府の御家人。足利義兼の三男。足利宗家3代。三河守護、陸奥守、武蔵守、左馬頭、正四位下。

1211年〜1290年

鎌倉時代中期の武将・御家人。吉良氏(三河家)の祖。従五位下、上総介

1216年〜1270年

鎌倉時代前期の鎌倉幕府の御家人

鎌倉時代前期の武将。鎌倉幕府御家人。足利義純の三男。従五位下、上総介、上野介、上野前司。源姓畠山氏2代。子に畠山盛氏(十郎)、畠山康成(四郎)-成家(子に貞康-基国、義成)

平安時代末期から鎌倉時代前期の武将。左兵衛尉、兵部少輔。桃井氏の祖。足利義兼の次男。承久の乱で戦死。上野国群馬郡桃井郷に桃井城を築いた。

系図に登場する人物(15名)