藤原兼光 (真夏流日野家)
平安時代後期から鎌倉時代初期の公卿・歌人。従二位・権中納言。日野家13代。
家系図プレビュー
親族情報
- 父
- 藤原資長
この人物をもっと探す
人物要約
藤原兼光 (真夏流日野家)(1145年〜1196年)は、平安時代後期から鎌倉時代初期の公卿・歌人。従二位・権中納言。日野家13代。。享年51歳。
系図上の位置
藤原兼光 (真夏流日野家)は藤原資長の子である。配偶者は藤原実教の娘 (藤原兼光室)、平業房の娘 (藤原兼光の妻)。子に広橋頼資、日野資実、藤原兼光の娘 (姉小路公宣室)、藤原兼光の娘 (葉室宗行室)、藤原兼光の娘 (一条高能の妻)がいる。
主要な親族
よくある質問
藤原兼光 (真夏流日野家)の父親は誰ですか?
藤原兼光 (真夏流日野家)の父は藤原資長です。
藤原資長の詳細 →藤原兼光 (真夏流日野家)の母親は誰ですか?
藤原兼光 (真夏流日野家)の母親についての情報は系図データに記録されていません。
藤原兼光 (真夏流日野家)の子孫は誰ですか?
藤原兼光 (真夏流日野家)の子には広橋頼資、日野資実、藤原兼光の娘 (姉小路公宣室)らがいます。さらに詳しい子孫は系図ページでご覧いただけます。
藤原兼光 (真夏流日野家)の子孫系図を見る →藤原兼光 (真夏流日野家)は誰の家系ですか?
藤原兼光 (真夏流日野家)は藤原資長の家系に属します。藤原資長の先祖を辿ることで、より広い家系を確認できます。
藤原資長の先祖を見る →藤原兼光 (真夏流日野家)はいつ生まれましたか?
藤原兼光 (真夏流日野家)は1145年に生まれ、1196年に亡くなりました(享年51歳)。
関連人物
- 藤原資長平安時代後期から鎌倉時代初期の公卿・歌人、漢詩人。藤原実光の次男。正二位・権中納言。日野家12代当主。
- 藤原実教の娘 (藤原兼光室)
- 平業房の娘 (藤原兼光の妻)
- 広橋頼資鎌倉時代前期の公卿。藤原兼光の五男。母は院尚(法印、院慶)の娘。広橋家の祖・初代。従二位、権中納言。民部卿・藤原光範の後を継いだとされる。出家
- 日野資実平安時代後期~鎌倉時代初期の公卿、歌人。藤原兼光の長男。正二位・権中納言。日野家14代。勅撰集『新古今和歌集』以下に9首入集。妻に宣陽門院大進(子に威信-兼誉(子に実源(興福寺、法印、権大僧都)、兼信(仁和寺、已講)))。子に光厳(園城寺、権律師)、兼性(延暦寺、日野別当)、忠承(延暦寺、或阿闍梨)
- 藤原兼光の娘 (姉小路公宣室)
- 藤原兼光の娘 (葉室宗行室)
- 藤原兼光の娘 (一条高能の妻)子に一条行能(侍従、従五位下)