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藤原兼光 (真夏流日野家)の系図

藤原兼光 (真夏流日野家)(1145−1196)を中心とした家族の系図。父は藤原資長。子に広橋頼資、日野資実、藤原兼光の娘 (姉小路公宣室)、藤原兼光の娘 (葉室宗行室)、藤原兼光の娘 (一条高能の妻)がいる。

平安時代後期から鎌倉時代初期の公卿・歌人。従二位・権中納言。日野家13代。

系図の説明

この系図は藤原兼光 (真夏流日野家)を中心とした家族の系図です。藤原兼光 (真夏流日野家)は平安時代後期から鎌倉時代初期の公卿・歌人。従二位・権中納言。日野家13代。。系図には14名の人物が含まれています。1145年から1215年まで、約70年にわたる系譜です。父は藤原資長。5人の子がいる。

系図の重要ポイント

  • 1
    婚姻

    藤原家と平家の婚姻関係が見られます。

  • 2
    女性

    系図中には4名の女性が記録されています。

この系図の主要人物

1162年〜1223年

平安時代後期~鎌倉時代初期の公卿、歌人。藤原兼光の長男。正二位・権中納言。日野家14代。勅撰集『新古今和歌集』以下に9首入集。妻に宣陽門院大進(子に威信-兼誉(子に実源(興福寺、法印、権大僧都)、兼信(仁和寺、已講)))。子に光厳(園城寺、権律師)、兼性(延暦寺、日野別当)、忠承(延暦寺、或阿闍梨)

1182年〜1236年

鎌倉時代前期の公卿。藤原兼光の五男。母は院尚(法印、院慶)の娘。広橋家の祖・初代。従二位、権中納言。民部卿・藤原光範の後を継いだとされる。出家

1185年〜1222年

平安時代後期から鎌倉時代前期の公卿。日野資実の長男。従三位・参議。子に日野兼資(兼綱、兼持、子に長光、長方(阿波守、刑部大輔))、日野兼宣-家房-兼顕(子に家季(-1323.8.25、加賀守)、兼親(但馬権守))、日野兼俊(非蔵、治部権少輔、正五位下)、日野兼嗣(非蔵、兼氏、少進士、入道)

1199年〜1237年

鎌倉時代前期の公卿。日野資実の三男。従二位・権中納言。日野家15代。勅撰集『続拾遺和歌集』『新後撰和歌集』に2首入集。

1204年〜1264年

鎌倉時代初期から中期の公卿。姉小路公宣の長男。正二位・権中納言。姉小路家(閑院流)2代

1206年〜1270年

鎌倉時代前期から中期にかけての公卿

1212年〜1274年

鎌倉時代中期の公卿。広橋頼資の長男。正二位・民部卿、権中納言。日記『民経記』の著者。

1215年〜1276年

世尊寺家9代

子に一条行能(侍従、従五位下)

系図に登場する人物(14名)

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